4月1日に抗った男

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「付き合ってください!」 「え! マジで!?」 「嘘に決まってんじゃん佐藤先輩ピュアすぎ~」  去年は部下の女の子に騙された。 「佐藤君、キミ昇進」 「本当ですか部長!」 「ウ・ソ」  一昨年は部長に騙された。  そして今年も、この日がやって来た。  4月1日。  エイプリルフールだ。  とかく、俺は騙されやすいことで評判らしい。  毎年毎年会社の誰かに騙されている。  騙された後、俺は笑顔で「こいつ~」とか「お見事です部長!」とか受け流すフリをしているが……。  腹の中では「だましたぁあああああ!」と嘘に対する怒りがこみあげていた。  誰だ! 嘘を付いていい日なんて作った馬鹿者は! 出てこい!! 「あれ? 佐藤さんどうしたんすかトイレで鏡なんて睨んで。何か嫌なことでも?」 「ああ、いや、ちょっと寝不足でね。顔を洗って目を覚まそうと思って…」  寝不足は本当だ。仕事を持ち帰って徹夜したからな。  俺は蛇口をひねって水を両手にため、バシャバシャと顔を洗う。  その間に部下は用を足して行ってしまったようだ。  文字通り、4月1日への宣戦布告に水を差されたわけだが、問題ない。  俺には今日までに思い付いた最強の戦法がある。 「今年の俺は一味違うぞ4月1日…」 「佐藤さんお茶いれましょうか?」 「ははは、自分で入れるから大丈夫さ」  席から立ち上がり、給湯室へ急ぐ。  騙されんぞ! そうやって甘い言葉を掛けてきて、俺にだけお茶を出さないつもりだろ! 騙されないぞ……。 「くくく、これぞ最強のエイプリルフール対策。M・D・S(マジで・誰も・信じない)作戦……完璧だ」  給湯室でお湯が沸くのを待ちながら悦に入っていると、廊下を歩く女の子たちのおしゃべりが聞こえてきた。 「佐藤先輩ってけっこうイケメンじゃない?」 「確かに~、渋いっていうか」 「頼れる先輩って感じよね」  彼女たちは給湯室の前を通り過ぎていく。  思わず口元がにやけ、ポケットの櫛で髪をとかしていた俺は櫛を折り、流し台の淵を叩いた。 「騙されるな俺ぇ! 普段そんな会話をするわけがないじゃないか! これは4月1日の罠だ! 俺を陥れるための罠だ!!」  おのれエイプリルフール! またしても!!  怒り任せに沸いたお湯でお茶を入れた俺は、湯呑を手に席へと。 「あっつッッッ!?」    火傷した手でキーボードを叩く。 「……くそ!」  四月一日だというのに、いつもより仕事が捗る。  みんな俺を騙そうと「佐藤さん」「佐藤」「佐藤先輩」と声を掛けてきて、俺はプログラムを代打ちしたり、コピー機を直したり、トイレ掃除をしたりしたというのに……。 「佐藤先輩、お昼一緒に食べませんか? 今日作りすぎてきちゃって……」  と、笑顔で近づいてくるいつも控えめな後輩の女の子。  そのまぶしい笑顔は純粋そのものに見えるが。  今日に限っては悪魔の笑みにしか見えない。  俺は対抗して営業スマイルを浮かべた。 「すまない。今日は外で食べるつもりなんだ。他を当たってくれ」  席を立とうとすると、後輩ちゃんはガッと俺の肩を掴んで座らせようとしてくる。 「そ、そんなこと言わずに、先輩の為に作ってきたんですから食べてください!」  ほほを紅く染めて上目遣い。  一瞬本当なのでは? と期待に胸が高鳴るが、俺は首を横に振って自制心を取り戻す。 「本当にすまない。4月1日が終わらない限り、俺のM・D・Sは終わらないんだ……」 「は? MDS? 4月1日? 先輩何言って……?」  怪訝な表情を浮かべる後輩ちゃん。  今日が何の日かわからないといった様子。  そこまで俺を騙したいのかエイプリルフール? 「くっ……」  どうすれば後輩ちゃんが諦めてくれるのか、どうすれば4月1日から逃れることができるのか、脳みそが沸騰しかけたその時だった。 「お~い佐藤君。ちょっといいかな?」  部長が手招きして俺を呼んだ。  あなたが救いの神なんですね? 「悪い、部長に呼ばれたから行ってくる」  俺はそそくさと席を立って、部長の方へと猛ダッシュ。 「あ、先輩! ……もう!!」    案内されたのは薄暗い会議室だった。 「いや~悪いねお昼前に。何かいい雰囲気だったのにね」 「いえ、助かりました……」 「助かった?」  あと少しでエイプリルフールに敗北するところだったのだから、感謝はすれど文句などあるはずもない。  席に着くと部長は途端に真剣な顔つきになる。 「で、キミを呼んだのはほかでもないんだよね。ここだけの話なんだけどさ」 「はい?」  耳を傾けるようにジェスチャーされ、俺は身を乗り出す。 「次の企画のリーダーを君に任せようと思うんだけど……どうだい? 成功したら勿論昇進が待っているよ」 「え!?」  俺は思わず小躍りしそうになるが、頭の中でエイプリルフールが踊り始め、冷静になった。  いいかげんにしろ! 「嘘ですよね?」  冷めた口調で問うと部長はきょとんと俺を見る。 「? どうしたんだい嬉しくないのかい? 眉間にしわまで寄せて……なにか気に障ったのかね?」  しらじらしい部長め! 化けの皮を剥いでやる!!  俺は机を叩いて、立ち上がり、部長を指さした。  某探偵アニメの主人公か、裁判ゲームの主人公のように。 「今日はエイプリルフールだ! あなたは嘘をついて私を騙そうとしている! 違いますか!?」  肩で息をする俺を部長はじっと見上げ、ため息をついた。 「あー、佐藤君?」 「なんですか!? まだしらを切るおつもりで?」  もはや営業スマイルなど浮かぶはずもない。  何か言葉を重ねようとする部長に俺は叫ぶ。 「もうたくさんだ! 4月1日などなくなってしまえ!」  そんな俺を憐れむように見上げながら、部長は卓上カレンダーを指さし、告げた。 「今日は4月2日だよ?」 「!? 嘘だ! だって今日は……!」  スマホの日付を確認すると、4月2日(火)の表示。 「!!!!???」  なん……だと?  部長は優しい笑みを浮かべながら俺の肩をポンと叩いた。 「佐藤君。どうやら君は昨日騙され過ぎて心が壊れてしまったようだ。休暇を取りなさい。いいね?」 「はい……」  4月1日なんて嫌いだ。
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