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——過去回想——
「なぁ」周りに声をかけると、しらこい顔で一瞥して後は聞こえなかったふり。
どうやらそれがお前らのやり方らしい。
俺はこの状況を理解してにんまりする。
転校した初日でこの有り様。ここまであからまさな態度は初めてだ。
おそらく誰かの力が働いているに違いない。でなければ、初対面の人間を毛嫌いする理由が見当たらない。
だから、こういう場合は無視をしなかった奴が要注意人物だろうなと辺りを見渡してみるが……。
誰を見ても無視、無視、そして無視。
分からないことしかない校舎内で、俺はアウェーなグラウンドに立たされた気分になる。
しかし、ここで折れては漢の名が廃るというものだろう。
いつの間にか誰もいなくなったがらんどうな教室から出て、次の移動教室らしい目的地をひとり目指す。
未開の地探索のような感覚が幼少の頃を思い出させる。
だが、今日転校した俺はクラスメイトの顔も先程の数分しか見ていないのに、どうやって目的地に着いたと確認できるだろうか。
移動教室に目印さえない場所であれば、完全に詰みだ。
「すぐ皆の後ろについて行けば教室分かんなくても着いてたじゃん」とつい、ひとりごちる。
何度も似たようなところで行き止まりを食らうので、授業開始の本鈴が鳴る頃には諦めがついていた。
俺は転校早々授業をブッチする不良だと教師の間でブラックリストにでも載るだろうか。
本来この時間に使うはずだった教科書を目の前の行き止まりにある化学準備室で読むことにした。
すんなりドアが開いて中に入れば、薬品瓶の類はひとつもなく、長テーブルに乱雑に積まれた本に棚からこぼれ落ちそうなほど詰められた本と、どこを見渡しても本が視界に入る。
しかもどれもが化学に関係のない本で、中にはラノベが混じっていてその人の趣味が垣間見えてしまう。
俺以外の誰かが此処を読書部屋として使用していると言わざるを得なかった。
埃っぽい部屋だが、仕方なく二つあるパイプ椅子の一つに座る。
(俺みたいに居場所がない奴が此処に逃げて来たんかな)
若干の親近感を抱きながら、新品の教科書を開いた。前の学校でやったところとの擦り合わせもしてない状況で、今日の授業がどこまで進むのか戦々恐々としても仕方がない。
正直、ここの編入試験はそうでもなかったから余裕ぶっこいているなんて、オフレコである。
面白味のない教科書をある程度読み進めたところで、後ろからドアの開く音がして肩が揺れる。
勝手に誰かの読書部屋に入ってしまったという後ろめたさも相まって、振り返ることはできても声がなかなか出てこない。
慣れた様子で開け入ろうとしたのに、まさかこんな場所に先約がいたとは思いもしなかったようで相手も肩をビクつかせている。
そしてさっき散々向けられたあの目で「わ、悪い。すぐ出てく」といった。
俺は鉛のようだった脚に鞭を打って立ち上がり、室内から出て行こうとする。
コイツも、俺を何故か無視する奴らと変わらない。何を勝手に親近感を抱いていたのだろうか。——馬鹿馬鹿しい。
「一つ……。椅子余ってるから使いなよ」
「えっ」
俺には鶴の一声に聞こえて、足が止まる。それもそのはず、今日転校して、初めて此処の学校の生徒と交わした会話だった。
俺より幾分も体格も背も高い男だが、猫背でどこか自信なげなオーラを纏った感じがいかにもこの部屋を作り出しそうだ。
「あ、ありがと」
「……」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」
「ここにある本……好きなの読んでいいよ。教科書じゃ、つまんないだろ」
「いいのか? すげぇ助かるわ」
「教科書読み飽きちゃってさ」と次第に声のトーンが上がっていくのを自覚しながら、本の持ち主に許可が出たので棚にぎゅうぎゅうに並ぶ本の背をじっくり見ていく。もちろん、久々にした会話のキャッチボールも手放さない。
「……だったら、授業受けたら?」
「そう、なんだけどさ」
仏頂面のままだが返事をしてくれるコイツ。意外と直球な物言いに驚いたが、落ち着ける場所を作ったくらいだ、きっとそれが原因で……と勝手な妄想をしては不思議と嫌な気持ちはせず会話がポツポツと続いていく。
「ていうかその教科書を持ってるってことは……この時間なら——Bクラス?」
「え、あ、うん」
「……あー、そういうこと」
教科書の次は俺に視線を移し、一人で納得する男。
何かを察したらしい男はその続きに口を噤む。
俺としてはキャッチボールは続けたいので、無理に自分もボールを投げる。
「な、なんでか俺……転校初日から嫌われてて」
ほとほと困って此処に辿り着いた、とだけ伝えた。
「お前も俺を一瞬嫌な顔したけど、あれなんで?」
肩の力が抜けたところでようやく教科書を固く握りしめていたことに気づいた。分厚い教科書に皺がつき形がくっきりと形状記憶されている。
「……制服が違うから」
「えっ、それだけ?!」
「確かに前の学校のやつだけど、これだけはどうしても間に合わなかったんだよ」と納得がいかないと男に詰め寄ってしまう。
「うちは無駄にプライドの高い連中が集まってるから、排他的思想がどうしても強いみたい」
「本当に、そんな理由だったのか……」
くだらなさ過ぎて緊張が一気に解け、疲れが溜まった気がした。
「はぁ、少しでも皆と同じようにって教科書だけは無理言って間に合わせたのに。アホくさくてやってらんねぇわ」
俺はどっかりと座り直して「もう気にするのやめだ!」と吠えた。あの試験レベルで編入できる学校の連中など高が知れてる。
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