ウソから来たマコト

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「どうしよう……私、人を殺しちゃった」 とある日曜日の昼前、突然訪ねてきた友人から衝撃的な告白を聞かされた。 「ど、どういうこと?」 「言葉の通りよ」 「まさか……ウソでしょ?」 「ううん」 「え、ええと……とりあえず何があったのか教えてくれる?  もしかしたら、何か力になれるかも知れないし」 「うん。ありがとう」 ソファに座って向かい合いつつ、私はとりあえず友人の話を聞くことにした。 彼女とは学生時代からの友人で、10年以上の付き合いがある。 私が知る限り、大人しくて真面目で扱いやすいというのが彼女への印象だった。 欠点といえば、やや陰気で愚痴っぽいところか。 そんな彼女が、まさか人を殺すなんて思いもよらなかった。 驚いたのはもちろんだけど、ある種の好奇心をもって私は友人に問いかけた。 「その、殺した相手って誰?」 「お義母さん」 「あ……」 それを聞いて私は納得した。 友人の夫の母親は体が悪く、介護が必要らしい。 そのクセ口が悪く、世話をしてくれている嫁のことを酷く罵ることが日常だった。 私はそんな彼女の愚痴をよく聞かされていた。 だから、彼女が殺した相手が義母なら、それは不思議なことではないと思った。 きっと、我慢の限界を越えたのだろう。 「そっか。ずっと大変だったもんね。介護疲れってやつだよね。  旦那さんも協力的じゃなかったみたいだし」 「うん」 「因みに、旦那さんは?」 「昨夜から帰ってきてない。貴女も知ってるでしょ?  あの人、お義母さんの面倒は私に押し付けて自分は外で遊んでばかりだから」 「でも、昨夜から帰ってないってどういうこと?」 「さあ。遊び相手の女の所にでも居るんじゃない? 「えっ⁉︎ う、ウソでしょ?」 「相手は知らないけど、遊んでるのは確実。前から怪しいとは思ってたけど、  この間若い女の子とホテルに行ってるのを見たの」 「そんな……許せない!」 「その辺のストレスも重なっちゃってさ、もう無理だってなったの。  それでね、今朝、ご飯を作ってお義母さんに食べさせてたら、  味が気に入らないって言われて、お膳ごと全部ひっくり返されたの」 「ああ、またか。前にもそういうことあったね」 「うん。別に珍しいことじゃないし、慣れてたつもりだったんだけど……  その時、私の中で何かが弾けたんだ」 「え?」 「その辺にあった花瓶とか散らばったお皿とか、  色んな物をお義母さんに投げつけたり、殴ったりしたんだと思う。  ……気が付いたら、お義母さん、私の足元で頭から血を流して倒れてた」 「…………」 何と声を掛ければ良いのか。 困惑する私の目の前で、友人は俯き声を震わせていた。 「その……警察には?」 「今から行く。その前に、貴女にだけはこのことを話しておきたくて。  今までも、お義母さんのこととか旦那のこととかで、  いっぱい愚痴を聞いてもらってたし」 「私も一緒に行くよ。一人じゃ不安でしょ?」 「ううん、大丈夫」 「でも……」 「大丈夫」 ちらりと時計を見てから、友人は晴れやかに笑った。 「だって、全部ウソだから」 「は?」 「今の話、全部ウソ」 「え? ちょっと、どういうこと?」 「あはは、そんな顔しないでよ。今日はエイプリルフールじゃない」 「え? あ、ああ……そう言えばそうだけど。それにしたって酷い冗談だわ」 びっくりしたのと呆れたのとで、私は肩から力が抜けるのを感じた。 友人の笑いっぷりからして、さっきの話がウソだというのは本当だろう。 「はあー、でも良かった。貴女はお義母さんを殺してなんかないのね?」 「当たり前じゃない。そんな自分に不利になることなんかしないよ」 「もー、びっくりさせないでよ」 「ごめんごめん。思ってた以上に良い反応だったから、  つい演技に熱がこもっちゃった」 「ええと、全部ウソってことは、  旦那さんが浮気相手のところに行って戻ってきてないってのも?」 「うん。ウソ。昨夜も遅い時間に帰ってきて勝手にグーグー寝てた。  今頃、ようやく起きて私が作っておいたお昼ご飯でも食べてるんじゃない?」 「……そう。じゃあ、若い女とホテルに行ってたって話もウソだったのね」 「うん。それもウソ。でも、浮気をしてたのは本当」 「え?」 その時、あくまで笑っていた友人の目に鋭い光が宿った。 「浮気相手は貴女、そうよね?」 「え? やだ……ちょっと何を言ってんのよ」 「『ねえ、私との結婚、本気で考えてくれてるんでしょうね?』  『まあ、もう少しだけ待ってくれよ。母さんの介護がある内はさ』  『それさえ終われば私たち、やっと一緒になれるのよね?』  『ああ、もちろん。俺が本当に愛してるのは君だけだよ』  ……ですって。その辺の安いコントよりよっぽど笑えるセリフだわ。  貴方達、お笑い芸人の才能あるわよ。コンビでも組めば?」 「な、何で……⁉︎」 「旦那に不信感を持った時に、興信所に頼んで調べてもらったのよ。  探偵さんって本当に凄いのね。あなたたちの不貞行為の証拠、  これでもかってぐらい見つけてくれたわ」 「そんな……」 「別に、私はそんなに驚きはしなかったのよ。  貴女、昔から私の彼氏とか私のことを気に入ってくれてた人とかを  奪っていく人だったもんね」 「…………」 「でも、私もいつまでも都合よく利用されるだけの人間じゃないの。  離婚もするし、貴女にも夫にも慰謝料を請求する。  弁護士に全て話は通してあるから、後はそっちでよろしくね」 勝ち誇ったように笑い、友人はソファから立ち上がる。 私はまだ現実感のない思いでいた。 「ね、ねえ! これもウソなんでしょ?   エイプリルフールだからって笑えない冗談を言うのはやめてよ!」 私は精一杯の虚勢を張って笑って見せた。 でも、友人は時計に目をやると冷めきった目で小さなため息をついた。 「あのさあ、エイプリルフールのウソが通用するのは午前中までなの。  だから、お昼の12時を超えてからの私の言葉は全部本当よ」 「そんな……」 私は頭が真っ白になっていた。 彼女の夫と不倫を楽しんでいたのは事実。 でも、最初に声を掛けてきたのは彼の方だった。 『妻が愚痴っぽくて相手をするのがしんどい』とか、 『妻より君の方がよっぽど女として魅力的だ』とか、 そんなことを言って先に誘惑してきたのは彼の方。 そうよ、悪いのは私じゃない。 あの男が、彼を引き止めるほどの魅力が無かった彼女が悪いのよ! 「じゃあね。要介護のババアと浮気症のクソ男の相手と私への慰謝料が  のしかかる人生になると思うけど、せいぜい頑張って」 そう言って友人は……いや、友人だと思っていた女は私に背を向けた。 その刹那、私の中で何かが弾けた。 「あああああああああああっ!!!!」 何か叫びながら、私はその辺にあった花瓶や食器、目につく物を全てを彼女に投げつけた。 怯んだところを押さえつけ、頭を持ち上げて何度も何度も床に叩きつけた。 「あんた如きが私を下に見るなんて許さない!  あんたなんか、ずっと私に良いように利用されていれば良かったんだ!」 そうよ。あんたの旦那も、昔の彼氏も、別にそれほど好きだったわけじゃない。 あんたから奪いとることで優越感を得るのが楽しかったんだ。 そもそも、あんたが私より先に結婚してたことからしておかしかったんだ。 あんたは所詮、私より下の女……そう思えたから長年友人関係を続けられたんだ。 それなのに、ここに来て私を見下そうとするなんて許せない! 「うわああああああああああっ!!!!」 感情のままに、私は友人だった女を殴り続けた。夢中だった。 「あ……」 ふと気が付いた時、私の足元には頭から血を流して倒れている彼女の姿があった。 呼吸の落ち着きとともに徐々に冷静さを取り戻してゆく。 そして、目の前の現実に戦慄した。 「どうしよう……私、人を殺しちゃった」 4月1日の昼下がり、私はひとり虚空に呟いた。 (終)
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