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「ねえ大志、付き合わない?」
「えっ?」
これは賭けだ。
四月一日、エイプリルフールだからこそ実行できる私の欲求を満たすためだけの賭けだ。
私、倉野美和は生まれた時から隣同士に住んでいる幼なじみの森川大志が好きだ。
いつも一緒に居るのが当たり前で一緒に居るのが楽しくてこの関係がずっと続くものだと思っていた。
でもそうではないと気付いた今、私は少しの行動を起こそうとしている。
はっきりと大志を好きだと自覚したのは三年前、中学生に上がる年の四月一日こと。
私はもうすぐ中学生になるというワクワクと少しの緊張を味わいながら春休みを満喫していた。
その日は平日で両親は仕事だったため自分の部屋で一人、真新しい中学の制服に袖を通し鏡の前で鼻歌を歌いながらくるくると回ってみたりしていた。
すると、開けたままにしていた窓の向こう側からいつの間にかこちらをみていた大志と一瞬目が合う。
恥ずかしくなった私はピタリと止まり真剣な顔で鏡の前に立つとスカートの丈を確めるような仕草をしてから大志の方を向く。
「変じゃない?」
誤魔化すようにヘラりと笑った私に大志は
「かわいい」
真面目な顔でそう言った。
「えっ」
そんな返事をされると思っていなかった私は照れ隠しするように大志の部屋に見えている吊るされた学ランを指差す。
「大志も着て見せてよ! お願い!」
大志は黙って頷くとそのまま着替えはじめようとする。
「ちょ、ちょっと待って! カーテン閉めて」
「こっち見なきゃいいじゃん」
少し意地悪気に言う大志に口を尖らせたが、良いことを思いつきニヤリと笑う。
「着替えたらさ、制服で散歩行こうよ」
「は?」
「下で待ってるから!」
大志の返事も聞かず自分の部屋を飛び出した。
門の前で待っていると数分後、学ランを着たであろう大志が玄関から顔を覗かせる。
顔を覗かせるだけでなかなか出て来ない大志に痺れを切らし敷地へ入ると玄関のドアを勢いよく開けた。
「……似合ってるじゃん」
「ありがとう」
思っていた以上にかっこよかった。
初めての制服姿、少し大人びて見える大志に鼓動が早くなるのを感じる。
「行こっ」
早くなった鼓動に気付かれないように急いで振り返ると慣れた道を歩き出す。
「どこ行くんだよ」
「いつものところ」
そう行って着いたのは家から十分ほどの小さな公園だった。
誰もいない公園のブランコに二人並んで腰掛ける。
足はつけたままゆっくり小さく揺らす。
「もう一緒にここに来ることもなくなるのかな」
「来たかったら来たらいいだろ」
「そうだけど、中学生って忙しいっていうし。なんか寂しいな」
「ずっと忙しいわけではないと思うけど」
勉強も大変になるし部活だってするだろう。
生徒の人数も増え、人間関係が上手くいくのかも不安だ。
「それに大志だって私より仲の良い子できるかもしれないし」
不安と寂しさから嫉妬のような言葉が出てしまった。
大志は黙ったままブランコを揺らし続けている。
そのまま何も話さず暫く沈黙が続いていたが突然大志が立ち上がるとブランコのチェーンを掴み美和の前に立つ。
「そんな寂しいなら、付き合わない?」
「え……」
一瞬、思考が止まった。
付き合うって彼氏と彼女になるってことでいいのだろうか。
小学校でも、付き合ってるんだ!なんて言っている子たちもいた。
だが、自分がそういうことになるのはもっと先だろうと思っていた。
大志のことは好きだ。ずっと一緒にいられたらいいと思っていた。でもそれが恋愛感情なのかどうかは考えたことはない。
そんな考えを廻らせていると大志は手を放しもう一度横のブランコに座った。
「嘘だよ」
「え?」
「今日、エイプリルフールだろ? なんかしんみりした顔してたし笑うかなーと思って」
全然笑えない。嘘だと言われた時、落胆した自分がいた。大志のことが好きだという気持ちに気付いてしまった。
「いいよ」
ぼそりと呟いた。
「え?」
「嘘だよ。エイプリルフールでしょ。嘘に嘘で返してあげたの」
気付いてしまった気持ちに蓋をするように嘘をついた。
「もう帰ろう。制服汚れたら怒られるし」
私たちは立ち上がると歩き慣れた道を帰って行った。
ーーーーーーーーーー
三年後、高校生になる年の四月一日、二十三時五十九分。
私は今から、賭けに出る。
大志とは中学の間、特に関係が変わることもなく普通の幼なじみとして過ごした。
そして私の気持ちも変わらないまま。
この春から私たちは別々の高校へ進学する。
きっと、環境も人間関係も全く違う場所へ行くことで私たちの関係も変わるだろう。
その前に一つだけ欲しい言葉があった。
なんの変哲もないただの肯定の言葉だが、それだけでこれから先、大志とは別々の場所で頑張っていけると思った。
深呼吸をして大志に電話をかける。
遅い時間だが、まだ部屋の電気がついてるのできっと起きているだろう。
受験勉強で遅くまで起きていることが癖になってしまったと言っていた。
大志が起きていたら電話をかける。まず一つめの賭けに私は勝った。
「美和? 何? どうしたの?」
数コールで電話に出た大志はこんな時間の電話に驚いているようだ。
二十三時五十九分、五十秒
「ねえ大志、付き合わない?」
「え?」
聞き返されると思っていた。でも私は何も言わない。
大志は三年前のあのやり取りを覚えているだろうか。
「…………いいよ」
勝った。
「ありがとう。じゃあね、おやすみ」
四月二日零時零分三十五秒、電話を切った。
私が『付き合わない?』そう言ったのは四月一日。
大志が『いいよ』そう言ったのは四月二日。
私の言葉は本心だ。けれど嘘にできる。
大志の言葉は嘘にはできない。
そんな子ども騙しみたいなやり取りをするために私はこの日を狙ってこんな時間に電話をかけた。
『いいよ』たったそれだけの言葉が今の私の欲求を満たした。
一週間後、高校の入学式だった。
一緒に入学式へ行っていた母と家へ帰ると門の前には、私とは違う高校の制服を着た大志が立っている。
「美和、散歩行かない?」
「散歩?」
横にいる母に目をむけると優しく頷きそのまま家へと入って行った。
「行こう」
大志はあの公園の方へと歩いて行く。
私も黙って大志の少し後ろを歩いて行った。
公園につくと以前と同じようにブランコに腰掛ける。
だが大志はブランコには座らず、私の前に立ち真剣な顔で見下ろしてくる。
「美和」
「なに?」
「制服、かわいいな」
「大志も似合ってるよ」
中学の時の学ランとはまた違い、ブレザー姿の大志は一段と大人びて見える。
「美和、この前の電話なんだけど」
きた。そのうち聞かれると思っていた。
私は用意しておいた台詞をヘラりと笑いながら告げる。
「ああ。ほら、エイプリルフールだったでしょ? 嘘だよ」
自分で言っていて虚しくなるがあまり深く聞かれるわけにはいかない。
「そうなんだ。よかった」
(よかった……?)
大志のその言葉にやっぱりエイプリルフールにしてよかったと思うと同時に胸の奥がギュッと苦しくなる。
まるで気持ちを否定された気持ちになった。
全部、自分が悪いのに。
顔が見れなくなり俯くと、涙が溢れでそうになる。
大志はそっと手を伸ばすとそんな私の頭を優しく撫でた。
「なあ美和、付き合わない?」
「え? でもさっき」
まさかの言葉に目を潤ませたまま勢いよく顔を上げる。
「俺が、言いたかったんだ。だから、美和が言ったのは嘘にしておいて」
「大志……」
「返事は聞かせてくれないの?」
返事をせがむ大志の顔は優しかった。
溢れ出た涙をそのままに満面の笑みで答える。
「いいよ」
私の想いを懸けた賭けは思っていた以上に嬉しい結果になった。
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