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あやしい彼…
「誰かに、見られてる気がするの。」
運ばれてきた自家製サングリアを一口飲み、真島姫奈は口を開いた。
仕事終わりの金曜の夜。小梨美琴は同僚であり友人の姫奈とスペインバルに来ていた。よく冷えた赤ワインにオレンジ、リンゴ、イチゴのフルーツの酸味と甘みが混ざり合い、爽やかな喉越しがこの店のサングリアの売りだ。
姫奈の発した言葉を反芻しながら、ごくごくと半分程飲み干してしまう。
「いつから?え、姫奈って霊感とかあるタイプだったっけ?」
美琴はグラスを置き、じっと姫奈を見つめる。
「1週間前からかな。家でご飯の支度してたり、洗面所で歯磨きしてたり、着替えてたり。いつもってわけじゃないんだけど、後ろから視線を感じるんだよね。勿論、振り返っても誰も居ないし。」
「気味悪いね。前の家では無かったの?」
「無かったよ。今の家に引っ越してまだ一ヶ月なのに。家賃も安いし駅チカでコンビニも近いし良い物件に出会えたと思ったのになぁ。ここんとこ残業も多かったし疲れてるのかな。」
残念そうに肩を落としながら、前菜のプレートに乗った生ハムとチーズを交互に口に運んでいる。それほど気に病んではいなさそうだ。
「彼氏にはそのこと話したの?」
「言ってないよ。心配かけたくないし。それに、見られてる感じがするなんて電波な子って思われたら嫌じゃん。」
「付き合って一ヶ月位だっけ。彼氏が家に来た事、あるの?」
「あるよ。だけど、ここ一週間は会えてないんだよね。仕事が忙しいんだって。連絡はマメにしてくれるんだけど、少し寂しい。」
そう言って姫奈はサングリアを一気に飲み干す。グラスに残ったフルーツをつつきながら、彼氏の惚気話が始まる。他人の惚気話なんて聞いていていい気はしないが、姫奈の彼氏ともなると話は別だ。大切な友人の彼氏なのだ。どんな相手なのか詳しく知りたいまである。
「姫奈の男を見る目のなさは天下一だからね。初彼は盛った猿だし、二人目は三股野郎だし、三人目はギャンブル依存で借金抱えてるし、四人目はどんな男やら。」
「そんな言い方しなくってもいいじゃん。悠君は今までと違うもん。優しいし、さっきも言ったけど連絡はマメにくれるし。ほら。」
姫奈が向かい側の美琴の方に腕を伸ばし、スマホの画面を見せてくる。丁度メッセージが届いたのか、ロック画面にLINEの通知が届いていた。
『スペインバル楽しんでる?パエリアって美味しいよね。』
二人の間に「失礼します。」とメインのパエリアがテーブルに置かれる。
メッセージと配膳のタイミングが良すぎて、思わず美琴は周囲を見渡した。悠らしき姿は見当たらない。当たり前か。
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