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1 ドクター卯月
人気のない山里に、ひっそりとその病院はあった。鉄筋2階建ての大きな病院だが、今は閉院して廃墟と化している。
その廃墟には似つかわしくない、黒塗りの大型車が3台、雑草を踏んで止められている。
病院内の集中治療室の前に、黒いスーツの男が三人と女が二人、顔を見合わせて立っていた。
玄関の扉が開き、一人の女が近づいてくる。黒い一団は、白衣の女を見つめた。女は中肉中背、長い黒髪に、濃いめの眉、目尻は少しさがり、穏やかさを醸し出していた。手には黒い大きなカバンを持っている。
「皆さん、お疲れ様です。私が言った通りの準備は、できていますか? えーと、あなたは、確か……」
白衣の女は、目の前の男にほほ笑む。
がっしりした体格の男は、少し身をかがめて、小さな声で答える。
「自分は、公安第一課の柔です。先生に言われた準備は、万事整えました。一刻も早く、あいつから爆弾のありかを聞き出して下さい。赤……」
女は、柔の口を手で押さえた。
「ここでは、私はドクター卯月ということに、してください。柔さんも本名ではないのでしょう」
「わかりました。ドクター卯月。さっそくですが、今は午前10時です、奴の爆破予告時刻は正午です。後2時間で、爆弾を見つけないと、もし人の多いショッピングモールで爆発したら、多大な犠牲者がでます」
「わかってますわ。やるだけは、やってみます。でも間に合わなかったらごめんなさいね」
そう言って舌を出す卯月。
「ドクター! 失敗は許されんのです。最善を尽くして下さい」
目を見開く柔。額に薄っすらと汗をかいている。
「冗談ですよ。今日は4月1日、エイプリルフールですよね。でも、人の命が掛かっているので、真面目にしますわ」
「よろしくお願いします」
「急がないとですね。では、楽しんで、じゃない、真面目に、尋問を始めます」
卯月は、黒いカバンを右から左に持ち直すと、目の前の開き戸に手を掛けた。するりと治療室に消えて行く卯月。
「木津と武と美玖はここで、待機。何かあったら、即部屋に入って、ドクターの身の安全を確保してくれ。私と須賀は、集中治療室の隣からモニターで中を監視する」
柔はそう言い残し、女姓公安官と共に隣の部屋に入った。
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