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花より団子な幼馴染と私
桜の雨を堪能し終えた萌が、私を見るや否や声を上げた。マジかよ。
どうせなら萌についた方が面白かったのにとぼんやり考えつつ、頭を弄る。
「えっと、どこ?」
「ここ」
萌の手が伸びてきた。指が私の頬をかすめる。
「あれ? 確か、ここにあったはず……」
萌がさらに身を乗り出してきた。萌と私の距離が、一気に縮まる。
萌の匂いがした。
油っこいものばかり食べていたくせに、良い匂いだなんて反則すぎる。
丸みを帯びた目が、さらに丸くなっている。
興奮の名残か、頬に仄かな赤みが差している。
ふっくらとした唇が、少し、開いて――――
「はい、取れたよ!」
「……ありがとう」
萌の体が、離れた。
花びらを手にした萌は、どこか得意げだ。
「さ、桜。綺麗だね」
体がそわそわする。頭が馬鹿になりそうだ。
この奇妙な感覚から逃れたくて、無難な話題へと移った。もちろん萌は私の心情など知るわけもなく、純粋な笑顔で「うん」と頷く。
「でも、桜より綺麗なもの見つけちゃった」
「何それ」
「桜花ちゃん」
頭が真っ白になった。
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「名は人を表すっていうのかな。桜の花びらに囲まれた桜花ちゃんがすっごく綺麗で、つい見惚れちゃった」
「………………キモ」
「えぇっ!?」
「幼馴染に言う台詞じゃないし。あと、名は体を表すだから」
「ええー。でも綺麗なのは本当――」
「いいから、桜を見なよ。ほら」
不満げに眉尻を下げる萌の意識を、さっさと桜へと追いやる。
強引だけど、単純な萌の気を逸らすならこれで充分だ。実際、秒で桜に夢中になりだした。頭がお花畑とはまさにこのことだろう。
私も春を堪能するべく、桜へと目をやる。
そうだ。ここには、花見をしにきたのだ。
それなのに…………桜が全く目に入らない。
(綺麗……綺麗……)
綺麗の二文字が、馬鹿の一つ覚えのように頭の中をぐるぐると回る。考えがまとまらない。体が、顔が――――熱い。
(……こんなはずじゃ、なかった)
色気より食い気な萌に何とか花を見てもらいたくて、開花予報に目を光らせて、花見スポットを念入りに調べ上げたのに。花に集中させれば、この厄介な『発作』を避けられると思ったのに。
蕩けそうな笑顔で美味しそうに食べる彼女に、私はどうしようもなく、心を奪われてしまっているから――――。
「桜花ちゃん」
急に声をかけられ、慌てて我に返る。
バレていないだろうか、何か勘ぐられていないだろうかと、冷や汗が止まらない。相変わらず萌の言動は心臓に悪すぎる。
「来年もまた来ようね」
頭の悪そうな笑顔で、そんなことを言ってくる。私の気も知らずに。
だけど、それを嫌だと思えない私は、一秒でも隣にいたい私は、もっと馬鹿だ。
萌は、来年の秋に結婚するのに。
「…………うん」
結婚して、新しい生活が始まるのだ。来年の秋が過ぎたら、こうして一緒に過ごしてくれる時間はどうしても減るだろう。
馬鹿でも、報われなくても、構わない。自分を偽ってでも、可能な限り、隣で彼女の笑顔を見ていたいのだ。今の内に。
だから私は、来年も萌と桜を見る。
萌との思い出を、一生の宝物にしたいから。
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