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蚊帳の外
【こんな議員に誰がした!】
作 田中正道
志が非常に高い人が議員になった。当然だが、世のため人のため、いかに弱者を救うか、どうお年寄りに手を差し伸べようか、とにかく熱心に仕事に勤しむ。当然選挙区、地元地域では評判がとてもいい。事務所は老若男女庶民が集う。
そりゃ、当然だ。困った人を見れば我が身のごとく心血を注ぎ、一心不乱に解決の努力を惜しまない。
あなたこそ議員の鑑だと褒め称えられ、若くして地元名士の仲間入りを果たす。
そして二期目も余裕の当選。
三期目ともなると、初当選は下から数えた方が早かったが、仕事の評判も良く、選挙対策本部を立ち上げた途端にいちいち頭を下げて頼まなくても選挙本部にはボランティアの人たちで賑わうようになる。そして開票後わずか数十分程度で当確が伝えられる。
だいたいこんなものである。二期目、三期目くらいまでは。
そもそも志が高くなければ議員になろうなどとは思わないだろう。世のため人のために心血を注ぐなんて言うのは至極当然の行為。
ところがこれほどの人が三期目を過ぎると保身に回る、と言うか、ガチガチの守りに入ってしまう。
如何なる時にも議員バッジを1日でも長くつけ続けることしか眼中にない。
それこそバッジのためなら犯罪以外のことならなんでもやる。いや、時には犯罪と思しき事にも手を貸すことも惜しまない。
必ず当選すると言う約束はどこにもないわけだから、ただひたすら次回の当選を祈るように有権者に媚びを売る。
自分で言うのもなんだが、私は人生の成功者だ。何よりもこれまでの人生、苦労と努力を積み重ねてここまで来れた。
人の暮らしなんてどうでも良い。困った人が居ても、そんな時はどこかの新米議員が親身になって救うだろう。私にはそんなことは関係ない。今になってはどうでもいいことだ。
そう、選挙が近づいているのだ。
今はただひたすら選挙でいかに得票を得るか、いかに当選してこの胸に輝く議員バッジを手放さずに済むが、そのことだけ考えていればいいのだ。
庶民の生活なんてどうでも良いのだ。貧乏に明け暮れる人は、己の人生を後悔して反省して恥じればいいのだ。
まあ、今更反省したところで、人生はやり直しがきかないからな、後悔先に立たず、とはよく言ったものだ。
私は今、年に5000万は稼ぐ。あくまでもこの額は公表する金額だが、歳費は1500万ほどだが、期末手当が500万ちょい、ほかに議員旅費、議会雑費、文書通信交通滞在費、議員特殊乗車券等購入費、弔慰金、公務災害補償費、立法事務費、政党交付金、議員秘書手当など全 て合わせるとそれくらいになる。何とおいしい仕事なんだ、政治家というのは。
さらにこのほか、付き合いのある企業からの献金や、口利き代・・おっとっと、壁に耳あり障子に目あり、口利きといっても賄賂みたいなものだ。領収書も切らない取引だ。油断して軽口叩いてスクープされて、議員辞職した先輩方は数知れず。危ない危ない、政治家は金と女が一番怖い。其れでしくじると、ほぼ100%バッジを外さなくてはいけないことになる。生涯現役、私は死ぬまでバッジをつけ続けようと思っているのだ。ゴシップなんて、糞食らえだ!
これほど稼げる商売がほかにあるだろうか。
いや、あったとしてもきっと心身ともにきつくて仕方がないほど身を粉にして働かなくてはこんな大金は稼げるはずがない。
議員ほど楽な商売がどこにある?
このバッジさえつけていればこれほどの収入が約束されるのだ。
弱者救済なんてクソ喰らえ!
世のため人のため?
笑わせるな!
この学歴社会の世の中で、努力に努力を重ね、ようやく一流大学に合格し、卒業できたからこそ、今私はバッジをつけて居られるのだ。
私だって、青春を謳歌したかったよ。女にだって、学生時代だってそこそこはモテたのだ。
しかし、それも我慢し、恋愛もせず、とにかく目標の大学に入ることだけ考え、二度とない青春を犠牲にして、そして夢を叶えたのだ。
そんな当たり前の努力すらできない奴が何を今更泣き言を言ってるのだ。
社会保障が年々減るのは私のせいじゃない。
日々生活が苦しくなって来たのは私が悪いわけではないのだ。そうだ世の中が悪いのだ。
そりゃ、議員になりたての頃は、庶民のため、国民のため、私は寝る間も惜しんで飛び回っていたよ。
しかし、わかったのさ。たかが一兵卒がどんなに頑張ったって少数意見がどんなに頑張ったって無駄な努力だと言うことがね。議会制民主主義という壁にぶち当たり、幾度となく、思い悩んだよ。まあ、若かりし頃の思い出だが。
今?今はどうだろう、ここ数年、思い悩んだことなんてあったかな。
そうだそういえば最近与党のある大臣から「こちらに来ないか?」とお誘いがあった。
私は初当選の時は無所属で出馬した。しかし、当選を重ねてきたことで各野党政党からお誘いがあり、三回目の出馬の時、当時の野党第一党に正式に入ったのだが、前回選挙前に政党内の派閥が大げんかとなり、とうとう2つに割れてしまい、私は新しい名前の政党に加わることとして、今日に至っているのだが、こうして一度の落選もなく、この歳まで8期、30年以上走り続けてきたわけだが、これだけ勤めて大臣と名のつく要職に就いたことが実は一度もないのだ。
現在副総理を務め、省庁の大臣も兼務する最近何かとマスコミを賑やかしているあの男、実は彼は私と同期の桜というやつで、彼とは仕事を離れて、人生について語り合えるほどの関係を保ってきた。
やはり彼も初当選の時は無所属で出た。家系が祖父の代から政治家で、しかもその祖父は、総理大臣まで勤め上げた立派な政治家だ。いわゆる世襲議員というやつで選挙区は自分の家の庭みたいなものなのだろう。
彼は組織に縛られるのが嫌だ、と言う理由で祖父が築き上げたと言っても過言ではない巨大政党からは出ずに、あえて無所属で出馬、見事開票と同時に当確を出した。
当選後、周りがうるさいので、と言う理由で与党に参加。めきめき頭角をあらわし、トントン拍子に出世して、一度は内閣総理大臣にもなったことがあるあの男、お誘いがあったと言ったのは、実は彼から、「うちの党に鞍替えして見ないか?」とオファーが来たのだ。
彼とは互いの結婚式、子供が誕生した時も互いに祝いを包み合う仲だ。実はその子供たちがまた同い年で、互いに同じ日本一の一流大学に現役合格、現在二年生になるが、サークル活動まで同じらしく、大学に入ってからどうやら幼馴染から恋人へと2人の関係は進展したようだ。
もしこのまま行けば、うちの娘はいずれ同級生の彼の息子にプロポーズをされ、結婚することは明らかだ。とすると、同期の桜、現在の副総理と私は血縁関係となるわけだ。
彼とは昔から気が合った。飲みに行くところも似通って居て、銀座で飲めば必ず会うといった時期もあったほどで、これまでもそれなりに深い付き合いをしてきた。
一度銀座の超高級クラブでママの取り合いをして互いに酔った勢いで殴り合いの大げんかをしたことがあったな。
あくる日、当然新聞、テレビを賑やかすことになったのだが、そんな事があってから不思議とますます深く付き合うようになった気がする。
ここ一年ほど、我々野党は学校法人の不正に関わった議員を叩いてきた。そして今、内閣総辞職を求めて、今国会内は喧騒としている。そうした中での「うちの党へ鞍替えして見ないか?」と言うオファー。
もちろん私個人としては、一度くらいは要職に就いてみたいし、わが党はつい先日また2つに割れてしまったし、私が加入した方は何かと問題を抱える例の政党だ。党首の女性は都知事を務め、頼まれもしないのに、朝から国政に首を突っ込み、日本初の女性総理大臣はわたしよ!などとコメントし、何かとマスコミに取り上げられ、お騒がせしている。
現在の与党第1党に変わる政党づくり、結局はアメリカ並みに第2与党を作り、二大政党を確立しようと言う流れなのだが、これがなかなか順風満帆というわけには行かず、先の選挙では野党第一党にもなれず、党立ち上げ後すぐに暗礁に乗り上げてしまった形。
そんな時に同期の副総理から直々に「こっちの水はあーまいぞ」的なお誘いが。
こんな素敵なお誘いはわたし的には願ったり叶ったりの口からよだれが湧き出るほどのとても素晴らしいお誘いである。
しかし、だからと言って、野党一筋、震災前に政権交代した時には、「いずれは総理大臣の器」などとマスコミでも取り上げられたりもした。
さらにここ一年ほど野党超党派で「不正学校法人に対する追及プロジェクト」の座長を任せられてきているのだ。
そんな私が、「はあ、そうですか。」とお言葉に甘えたらおそらくきっと私の後援会や票田の地元選挙区の有権者たちからは間違えなくお叱りを、しかもかなり激しいお叱りを受けることになる。
それを覚悟の上で、いずれは血縁関係となり、名実ともに家族になるわけなのだから、この際批判やお叱りは覚悟の上で、長いものには巻かれろ、寄らば大樹の陰という諺もあるように、案外、思ったほど困難ではなく、意外としっくり馴染むかもしれない。いや、きっと馴染むのは結構早いだろう。
一番怖いのは熱心な野党応援団の市民団体たちだ。どの程度イチャモンをつけてくるかが問題ではあるが、まあ、何れにしても、このまま現政党で選挙を迎える気は毛頭ない、と言う腹だけは決まった。
そこだけはブレずにやっていきたいと思った。
【以下続く。最後に大どんでん返しが!】
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