探偵助手は赤い糸が見える(仮)

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 松浦が帰ると、二人は社長室から事務所へ移動した。  事務所入って直ぐのカウンター奥には、事務員の百花と立花の助手である柊吾のデスクが向かい合わせで置いてある。  右側の壁には先程の社長室へ通じる扉と、その手前の扉は大抵開け放たれていて、給湯室があり、奥にはトイレもある。  左側の壁際のキャビネットには依頼資料などが入り、窓の下には二人がけのソファー。その手前には小さな机が置いてある。そのソファーは事務員の休憩場所になっていた。 「あの依頼本当に受けるのかよ」 「そうだ、えり好み出来る程ウチは儲かってないんだよ」 「……あの男が嫌で逃げたんじゃないのかなー……探したってさ、女の方が会いたくないって言うかもじゃん、どうすんだよ」 「それはまた別の問題だ、オレは女を探してくれって言われただけだ」 「……それはそうだけどさー……」  立花はのらりくらりとかわす。垂れた目は何を考えているか分からないし、眠そうにも見える。  その話はおしまい、とでも言うように、窓際のソファーの方へ行ってしまう。  先程のコーヒーは飲み終わっている。百花は二人が事務室に戻るなり、二杯目のコーヒーを淹れてくれた。  柊吾は自分のデスクの椅子に座り、コーヒーを飲んだ。  立花は受ける気でいるようだが、柊吾はやる気が起きなかった。 「で、どうだったんだ?」  立花と百香の視線を感じマグカップから視線を上げ、仕方ないなという風に肩を竦める。 「見えたよ、ただ、途中で途切れてるっぽかったけどね」 「……そうか」  気落ちした様子も無く立花は頷く。百花はもう興味を無くしたような顔でデスク上のパソコンの画面に視線を移した。  柊吾は依頼主の松浦の姿をもう一度頭の中で思い描いた。正確に言うならば、姿ではなく、松浦の指先だ。  右手の小指には赤い糸が巻きつき、それは数十センチ程先で途切れ行き場を探すようにふわふわと漂っていた。  柊吾には常人には見えない赤い糸が見える特異体質の持ち主だ。  それは血筋がそうさせるようで、柊吾の母と祖母はその体質を活かし占い師をやっている。御堂家の女系に主に現れる特性だ。  赤い糸というのは、人と人との繋がり、絆。誰しもがその赤い糸を持ち、世界のどこかで誰かと繋がりを持っている。  柊吾自身の糸は見えないが、能力を使えば周りには赤い糸が無尽蔵に見える。  運命の繋がり、運命の人。  運命の人、というとロマンチックな響きであるが、必ずしもそれは結婚相手というだけの意味ではない。  人の持つ陰と陽。どちらが陰でどちらが陽という訳ではなく、互いにバランスを取り合える存在を結び付ける糸。繋がっている事で精神的にも身体的にも安定している、逆に繫がっていないと陰の気が溜まり不調をきたし、病気になったり不幸になったりする。  ただ糸が繫がっているだけよりも、側にいる方が互いの影響力が強くなる、必然的に結婚相手が運命の人ならば人生が安定する事となる。  それに、運命の相手と言う程なので側にいれば惹かれ合う。  結婚相手に、もしくは会社経営などのパートナーとして選ぶのも良い。糸で繋がれた相手は同性でも異性でも最良の関係を築ける相手となる。  だが、それは側にいればの話だ。  運命の相手は異国にいる事だってある。糸の先の相手を捜し出すのが、御堂の女の占いであった。  だが繋がりの糸のない人間も中にはいる。理由は様々だ、運命の人と死別していたり、もしくは本人の死期が近かったり。その場合、繫がっている先はないが、糸自体は指に残っている事が多い。  そして稀にいるのは、運命の人を持ち得なかった場合だ。その人には糸がない。陰と陽のバランスを一人で取らなければならない。こういう人間は早死してしまうか、もしくは一人で完全体といえるので成功者として名を残すような偉人となる事もある。  身近に一人いるが、それを本人に伝えた事はなかった。  御堂の家にも時折生まれるが、その者は女とは別の能力を授かっている事が多い。  糸がないというのを、御堂以外の人間では過去五指で足りる程しか見た事がない柊吾だったが、先程見た赤い糸が途切れているという中途半端な状態も中々お目にかかれない珍しい例だ。 「ああいう人が一番厄介なんだよね……」  途切れているというのはその人の人生が中途半端になっている状態なのだ。  一番多いのは糸が繋がっていた人物との死別。死別したばかりだと中途半端に切れたままになる、そのうち糸自体が消え、指先にしか残らない。  それまでは人生が中途半端のままになる。指先だけになる前に、別の糸と結びつく事もあるが松浦の場合はどうだろう。  多分森一織という女と松浦は結ばれる運命にないのだ、だから途切れている。女を探し出したとしても糸同士が結ばれていないのだから、すぐに別れるに決まっている。  どうせなら松浦の本当の赤い糸の相手を探し出した方がいいのではないかと柊吾は思った。途切れていたので、探しようはないのだが。 「厄介でもやるしかないだろう、ほら、行くぞ、柊吾」 「行くってどこへ?」 「森一織の嘗ての職場だ、まだ営業時間内だ」 「……はいはい……」  時刻は19時。調べたところ、美容院の受付は20時までのようだから今から出れば話が聞けるだろう。  途切れた糸。  それは大抵相手が死別している場合が多い。  松浦の糸は途切れていた。それは、元々あった運命が変わったのか?変わったのならいずれ指の先にだけ糸が残る。  だけど、故意に切られた場合……。  松浦の糸の先には何もなかったので、違うかもしれない。だが、万が一故意に切られたのだとしたら。  そんな訳ないか……。 「柊吾?」  デスクから立ち上がらない柊吾にどうしたのかと、立花が声を掛ける。不審そうだった顔は、何も答えない事で心配そうな表情に変わる。 「具合でも悪いのか?それなら……」 「なんでもない、大丈夫、行こう」  心の中の不安を払拭させるように勢いよく立ち上がる。椅子に掛けておいたパーカーを羽織り、立花に先じてドアに向かった。
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