探偵助手は赤い糸が見える(仮)

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 総合探偵社タチバナ。社長である立花健人と助手の御堂柊吾、事務員の山井百花の三人の小さな探偵事務所だ。  都心に程近い街の雑居ビルの一室に居を構え、日々細々とした依頼をこなし会社を維持している。  探偵と名の付くからには人探しや素行調査なども行うが、実際のところ近所から持ち込まれる居なくなった猫の捜索から犬の散歩や電球の交換の依頼、引越しの手伝いまで何でもやる便利屋に近かった。  柊吾は2年程前、事務所に入ってきたがその時既に百花は在籍していた。探偵社を開きそろそろ10年になると聞くが、その時から百花がいるのか、探偵になる前に立花が何をしていたのか柊吾は知らない。  聞けば話してくれるかもしれないが、過去の事をあれこれ詮索するのは気が引ける。  立花は柊吾が何者か気にせず雇ってくれたのだ。  今、それで問題なく過ごせているのだからそれでいい。柊吾はそう思いながら2年を過ごした。 「ここか……」  森一織は姿を消す前まで美容師として「アンジュ」という美容院で働いていたようだ。  そこは、森が嘗て住んでいたマンションから程近い場所にあった。  店長が接客中との事で、中に入ると暫く待たされその後、奥にある部屋に通された。  スタッフの休憩室のような部屋で壁際には縦長のロッカーが並び、中央に四人掛けのテーブルが置かれていた。  案内してくれたのは店長の笹野(ささの)という40代半ば位の女性だった。笹野は部屋の隅にある小さな冷蔵庫からお茶のペットボトルを取りだし、グラスに注ぐと二人の前にそれを置いた。  改めて名刺を渡し自己紹介を済ませると、立花は用件を切り出した。 「先程も言いましたが、森一織さんの事でお話を伺いにまいりました」 「はぁ……森さんの事ですか……その、どういった話なんでしょう?」  迷惑がっているというよりも、困惑しているようだ。そしてその瞳には心配そうな色が浮かぶ。 「森さんがここを辞めたのはいつの事ですか?」 「え?辞めた?」  笹野はぽかんと口を開け呆けたような表情を作ると、もう一度「え?」と聞き返してきた。 「辞めていないんですか?」 「……辞めてもなにも……森さんはうちで働いてないですから……」 「え?!」  今度は二人がぽかんとする番だった。  笹野は森一織は常連客だがスタッフではないときっぱりと言い放った。念の為系列店などで働いているのではないかと確認してみたが、それも違うようだ。  どういう事だろう、思考を深めた柊吾を他所に立花は質問を続けた。 「では……最後に森さんがここを訪れたのはいつ頃の事か分かりますか?」 「えぇ……それなら分かりますけど……あの、これどういった事なんですか?森さんどうかしたんですか?」  笹野は心配気に二人の顔を交互に見た。それはそうだろう、いきなり探偵が訪ねて来れば誰だって何か不味い事でも起こったか巻き込まれたかしたと思うだろう。  立花は安心させるように笑顔を作ると、手帳に挟んでいた一枚の写真を笹野に見せた。 「すみません、確認なんですが、森一織さんというのはこの方で間違いないんですよね?」 「はい……うちのお客様の森一織さんで間違いないです」  立花が頷くと、笹野は困惑した顔でもう一度尋ねた。 「はい……あの、森さん、どうかしたんですか?急に探偵さんが来るなんて……探しているんですか?」 「……えぇ……森さんの行方を探しているんです、少しでも何か知っている事があれば助かります」 「その……探しているっていうのは……もしかしてその写真の彼氏さんですか?」 「そうです」  依頼情報をそんな簡単に言ってはいけないのだろうが、立花は隠さずに答えた。 「彼氏の方もこちらに来た事が?」 「いえ……私の知る限りではありません……ただ、デートの前にいらした事があったので……」 「そうですか」  今のところ協力的な笹野だ、森一織の情報は少しでも多い方がいい。隠さない事で笹野からもっと多くの情報を得ようという魂胆だろう。 「……では、森さんと親しくしていたスタッフの方などいらっしゃいますか……?」 「親しくというか……担当だった子を呼んできます、あと、森さんの最終来店日も確認してまいりますね」  笹野は立ち上がると小さく会釈をして部屋から出て行った。
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