探偵助手は赤い糸が見える(仮)

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 その日の晩の事。  森の職場かと思っていた美容院に行き、その後事務所へ戻ったので今日の帰宅はいつもより遅くなっていた。  探偵社に勤めだし暫くしてから、柊吾は立花の部屋へ越してきた。それから約2年、共同生活も随分と慣れたものになっていた。 「なに、ニヤついているんだ?」 「……別に、ニヤついてなんかないよ……」  リビングに入ってきた立花が怪訝そうな顔でソファーに寝そべる柊吾を見つめた。  柊吾のスマートフォンには、明日訪問予定の森が務めるパティスリーのホームページの画像が出ていた。美味しそうなケーキやタルトに、思わず緩んでしまった顔を見られてしまったらしい。  濃紺のパジャマ姿の立花は眠そうに欠伸をした。 「もう寝たかと思っていたぞ」 「寝るよ」 「おやすみ」 「おやすみなさい」  リビングのドアを閉め、立花は寝室へ向かった。  柊吾は再び画面に視線を移す。  百花も食べたいと言っていたので、ホールケーキでもいいかもしれない。だけど、そうすると一種類しか食べられない、でも、エクレアも美味しそうだし日持ちする焼菓子も食べてみたい。経費扱いになるとしても、あまり沢山は買えないだろうから厳選しなくては。  きっと店に行っても今と同じように、あれこれ迷って決められないに違いない。  だって全部美味しそうだから。特別、甘党という訳ではないが華やかなショーケースを見るのは楽しそうだし、見るからに美味しそうなケーキであれば甘党でなくても食べたくなる。  画面左端に映る時計はそろそろ日付を跨ぐ。  まだ眠気はないが、寝ようか。暗くして目を閉じれば睡魔もやってくるだろう。  ソファーから立ち上がり、ドア横の照明スイッチを切ると室内は暗くなる。少しだけ開けているカーテンからは向かいのビルの看板ネオンが差し込み、ソファーまで迷いなく歩ける。  と言っても2年も同じ事をしていれば目を閉じていたってソファーまでたどり着けるのだが。  2年、それは雇い主である立花と出会い共同生活を始めて2年という事だ。  金を貯めたら出ていく、越してきた時はそう言ったが、その事自体立花は覚えているだろうか。出て行けと言われた事は一度もない。  2年経ったのだ、探偵社もこの部屋も柊吾に取って居心地の良い場所になっていた。  出会った頃は、他人行儀だったが今は信頼関係も築けた。変化はあった。だけど、変化しないものもある。  今も立花の指に赤い糸は見えない。  それは、ずっと変わらないものだろうか。 『あんた、天涯孤独なの?』  指の先の虚無を見て思わず話しかけてしまった、それが柊吾と立花の出会いだ。  
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