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柊吾の実家は中国地方の山間部の小さな集落にある。その小さな集落の小さな神社、それが柊吾の生まれた家だ。
柊吾には姉と妹、今は家にいないが兄も一人いる。4人兄妹の次男として生まれた。
山の中の小さな神社ではあるが、それなりに参拝客はいて、不釣り合いな程に立派な社があった。
神事は神主である父が執り行い、母や祖母はその手伝いをしている。小さい頃はそう思っていた。
だが、実際に神社を維持出来ているのは母と祖母のおかげだった。今はそこに姉が、いずれは妹も加わる事になる。
御堂の女系は代々赤い糸が見える。それを用いて占いや神事を執り行う、これは別に秘密という訳ではないが大きく宣伝しそれで集客しているものでもない。
昔から近隣の地主や為政者達がこぞって御堂の神社に赴き、女に占いを乞いそれによりもたらされた富を神社に納めてきた。
占いは様々で、男の柊吾はその全容を知らなかった。知らなくていい事として扱われている。
父も詳しくは知らない。だが、それでいいと言う。穏やかな父は隣の市にある神社の三男だった。子が4人いるので夫婦仲は悪くないのではないかと思う、実際喧嘩をしている所は見た事がない。
だが、夫婦とは別のところで妻である母に畏怖のようなものを抱いているのではないかと感じていた。
柊吾も、そうだからだ。
何か得体の知れない存在、時々母や祖母をそう思う時がある。具体的に何が怖い、気味が悪いとはっきり言えないけれど、一緒にいて背筋が冷たくなるような感覚。それは本能が恐怖を感じているのかもしれない。
柊吾の兄が神社を継ぐのが順当だが、ある理由から兄は出奔しており次男の柊吾も今は家を出たのでいずれ姉か妹が婿を取り御堂の血は繋がれて行くのだろう。
赤い糸が見えるが、それが柊吾に利を生む事はない。女系にのみ、能力は発露する。
稀に糸が見える男子が生まれ、更にもっと稀有な確率で糸が見え女とは別の能力を持つ男も生まれる。
だが、柊吾は見えるだけ。
今はそれが唯一の特技で、たまには役に立つこともあるが厄介な体質としか思えない。
見えた事で幼少より修行のようなものは母から付けられた。それは、常時見えて鬱陶しい糸を視界から消す修行だったり、糸の先を見極められるようになる修行だったり、様々だ。
今では集中した時以外、糸は見えない。
ただ、修行はしたけれど誰の糸の先でも見えるようにはならなかったし(近ければ見える事もある)糸に触れられるようにもならなかった。
だから立花を初めて見た時も、単に見えづらいだけかと思っていたのだが、そうではなくいくら集中しても見えないと分かった時には、天然記念物を見た時のような感動すら覚えた。
田舎から出てきた都会、そこには話に聞いていた糸を持たない人間がいる。
どんな人物なのだろうか。興味が湧いた。
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