探偵助手は赤い糸が見える(仮)

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 男が部屋に入ってきた時から御堂柊吾(みどうしゅうご)はその依頼が面倒事の類だろうと気付いていた。 「いらっしゃいませ」  事務員の山井百花(やまいももか)が立ち上がり、入って直ぐのカウンターの前に回り男に近付く。百花が対応している様子を自分の席から観察でもするように、まじまじと眺める。  歳の頃は百花より少し若い位に見えるから、20代後半位だろうか。仕事帰りなのかスーツ姿の男は、160センチの百花と並ぶと頭一つ分高い。標準よりもやや長身、太っている訳でもなくかといって痩せ過ぎでもなさそうだ。  涼しげな目元、すっと通った鼻筋、薄い唇はバランスよく配置され、思いつめた暗い表情すら男の端正な顔立ちを演出していた。 「人を……探して欲しいんです」 「では詳しいお話は社長と……少々お待ち下さい」  百花が柊吾を振り返る、社長に通していいか聞いて来いというのだろう。分かったと頷いて、柊吾は立ち上がり隣の社長室へ入っていった。  百花が3人分のコーヒーをそれぞれの前に置き出ていくと、男が話を切り出してきた。 「探して欲しいのはこの人です」  依頼人、松浦崇司(まつうらたかし)がスーツのポケットから取り出したのは一枚の写真だった。  新緑をバックに笑顔の松浦と一人の女性が写っていた。  女の年齢はは松浦と同じく20代後半か。胸まである艷やかな黒髪、ぱっちりとした二重の大きな瞳が印象的だ。ピンクベージュの派手ではないが華やかさのあるラメの入ったアイシャドウ、血色のよいオレンジピンクの頬と白い歯を見せて笑う口には、同系色のグロス。  誰もが振り返るような美貌ではないが、可愛らしい印象の女性に見える。  彼女は、別れた恋人だろうか、逃げた妻だろうか。柊吾は勝手に縁の切れた女性という設定を作り上げていた。  だが、二人並んで写っている所は仲睦まじい恋人に見える。 「この方のお名前は?」  社長室は応接室も兼任している。窓際の重厚なデスクの前には木目調のテーブルを挟み、焦げ茶色の革張りのソファーが置いてある。座り心地は中々良い。時折立花が昼寝に使っているので、壁際のキャビネットの中には毛布がしまわれていた。  黒皮の手帳を開きながら、松浦の正面に座ったこの探偵社の社長である立花健人(たちばなけんと)は質問を続けた。 「その他に年齢、住所など分かる範囲で詳しく教えてください」 「はい……」  立花、柊吾の向かいに松浦が座る。  質問を出すのも、それを書き留めるのも社長の立花だ。柊吾はただその質疑応答を横で見ているだけだった。  何もしていないように見えるので、一応立花同様に手帳にメモをしながら話を聞く。 「森一織(もりいおり)28歳、美容師でした……住所は……今はどこに住んでいるのか分からないのですが……」  それはそうだろう、分かっていたら探してくれなんて言ってこない。柊吾は心の中で突っ込んだ。前に住んでいた場所か実家の住所が知りたいのだ、そこから手掛かりを掴める事もあるからだ。 「以前の住所で構いませんよ」  きっと柊吾と同じく心の中で突っ込んでいる事だろう、そんな事は全く窺わせないポーカーフェイスで立花は先を促す。  森の住所は事務所があるこの街の隣の市だった。松浦はこの事務所から然程遠くない場所に住んでいた。以前からここに探偵事務所がある事を知っていて訪ねてきたのかもしれない。 「それで、森さんはいつ頃から居なくなったのですか?」 「……はい、一週間前からです」 「一週間ですか……」 「はい、難しいですか?」 「そうですね、早ければ早い方が見つけ出せる確率は上がりますが……まぁ、何とかしましょう……居なくなる前の森さんはどんな状態でしたか?失踪の原因に心当たりはありますか?」 「……それは……」  何かあるな、柊吾はコーヒーを飲むフリをしながら松浦を盗み見た。眉間に皺を寄せ考え込む松浦はきっと失踪の原因を知っている。  だが、それを言いたくないのではないだろうか。柊吾の予想を他所に、松浦は心苦しそうではあるが原因の一端を吐露した。 「……僕は、彼女と真剣に付き合っているつもりでした、付き合って半年程ですが、結婚も考えてました」 「そうでしたか……」 「一週間前、僕は彼女にプロポーズしました、結婚して欲しいと……その時彼女は返事をくれませんでしたが、それでも喜んでくれていました、でも次の日から電話に出ないしメールの返事もない、そうこうしている内に電話は通じなくなり、おかしいと思い部屋へ行くと引っ越した後でした……」  その時の落胆を思い出してか、松浦は重苦しい溜息を吐き出した。  立花と柊吾もそっと視線を合わせ、心の中で溜息を付いた。  結婚をするつもりがないから姿を消しただけじゃないのか?  喉まで出掛かったその言葉を柊吾は飲み込んだ。探し出したとしてもまた逃げられるのではないだろうか。  だが、松浦は藁にも縋る思いなのだろう。頭を下げ、二人に懇願した。 「お願いします、彼女を探してください……僕は……もう一度プロポーズをします、返事を聞きたいんです」 「分かりました、では費用の説明をします……」  立花が事務的な事や今後の調査予定などを話し始めた。柊吾はそれを冷ややかな気持ちで聞いていた。
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