君に嘘なんてついてほしくなくて

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「うわぁぁぁぁ! 負けたぁぁ!」  隣でコントローラを握っていた識名優希が頭を抱えるようにコントローラを投げ出した。そんな様子に無意識にガッツポーズが飛び出す。  やっと勝てた。これまで優希とは色々なゲームをしてきたけど、格ゲーでは隣で頭を抱えている幼馴染に負けっぱなしだった。  幼い頃から父親の道場で空手を仕込まれてきた人間としては、その状況は非常にフラストレーションで。ようやく一矢報いることができた。  ボクに負けたのがよほど悔しかったのか、優希は男子としては長めな髪をガシガシとかき乱しながら足をバタバタとさせている。 「なんだよ、ヒカリ。急に強くなっちゃってさ」  体を起こした優希が不満そうに口をとがらせる。その姿に自然と頬が緩む。 「ふふふ。特訓してきた甲斐があったみたい」 「そんなに僕に負け続けたのが悔しかった?」 「それもあるけど……」  部屋の中のカレンダーに目を向ける。明日には捲ることになる3月のカレンダー。  小学生の頃からボクと優希はこの日に“あること”を賭けてゲームをしていた。 「明日のドッキリ、楽しみにしてるから」  声をかけると、優希はむくれた様子で再び倒れ込む。  3月31日にゲームをして、負けた方がエイプリルフールに嘘を交えたドッキリを仕掛ける。無論、勝った側はドッキリがあるとわかって待ち構えるので、難易度は相当高い。  なんでそんなことを始めたかはもう覚えてないけど、高校二年に進学する今年で7回目。これまでの6年間、毎年負けてはドッキリを考えるのに四苦八苦してきた。  だから今年こそはと思って血のにじむような特訓を重ね、遂に初めて勝てた。  寝転がったままの優希は何かヒントを探すように難しい顔で部屋を見回している。そして、その視線が本棚のところで止まった。  本棚はほとんど漫画ばっかりで、自分で買い集めたものの他、妹から借りたままの漫画もいくつか収められている。 「ヒカリって意外と恋愛もの好きだよね」 「ん、そう?」 「本棚、そんな感じのばっかじゃん。そのくせ恋人いないけど」 「お互い様でしょ」  付き合ってるクラスメイトなんかを見ると、そんな相手がいたら楽しいのかななんて感じもするけど、こうやって暇があれば優希とダラダラゲームをする生活も楽しくて、今すぐ恋人が欲しいとは思わなかった。 「ふーん……」  優希は本棚の前にペタンと座って漫画の背表紙をジーッと眺めていく。あまり意識しなかったけど、改めて本棚を眺められると自分の趣向を見られているようでこそばゆい。  やがて、何かピンときたような顔になった優希はパンっと立ち上がると、にいっと含みのある笑みをボクに向ける。 「決めた。じゃ、僕、帰るね」 「ん、もう帰んの?」 「色々準備があるからね」  そう言うと優希はボクの目の前まで歩いてきて、バシッと指を突きつけてくる。 「明日はヒカリのことビックリさせるから、首を洗って待っててよ」  そう声高に宣言すると、優希はボクの部屋からバタバタと出ていった。
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