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鉄平の奇行は突然に
「僕、あなたのことが大嫌いです。だから1日付きまといます!」
元気に挙手するような勢いで堂島 鉄平は同僚の彼女 草織 穂乃花の目の前に立った。まん丸になった薄茶の瞳が鉄平を見上げた。
色素が少し薄くてふわりとした髪は光に当たるとピンクゴールドに見える。静かに柔らかく動く所作から妖精さんと囁かれている彼女は誰にでも優しくて丁寧で争いとは無縁な人。だから、鉄平の言葉はとんでもない暴言で周囲から物言いたげな、もっと言えば非難するような視線が飛んでくる。それでも鉄平は引くつもりは無かった。
穂乃花は少し考えて軽く首を傾げた。
「それは、お仕事をさぼるということでしょうか?」
「仕事に手は抜きません」
「…………じゃあ、私の仕事も邪魔しませんね」
鉄平は1人納得した穂乃花の言動にふるふると震えた。
「その妙に動じないところ、嫌いだなぁ……っ」
穂乃花は嫌いと言った鉄平にちらりと視線を向け、何事もなかったように仕事に戻った。周囲も本人が気にしていない以上、口を突っ込めないといった雰囲気で日常に戻っていく。鉄平に向けられる視線は相変わらず棘のあるものだが、こちらもめげずに穂乃花の隣に並ぶ。
「堂島さん、呼ばれていますよ」
「え」
確かに呼ばれている。仕事に手を抜かないと言った以上、無視することもできずに後ろ髪を引かれる思いで相手の方へ。視界の端、穂乃花がすたすたと歩き去って行く。
「なんで今呼ぶんだよ……」
恨めしそうに自分を呼びつけた相手を見れば一見チャラい近藤が凶悪な目で睨みつけてきていた。本気で怒っている。鉄平は思わず硬直した。
「なんで? いきなり職場の空気を悪くして、草織さんに感じ悪くて、放置するわけねぇだろう。何考えてんだ、お前」
同意するようにザクザクと刺さる視線。穂乃花の姿はこのフロアから消えている。だぁっと鉄平の目が潤んだ。近藤がそれを見て思わず引く。
「もう、今日に賭けるしかないんだよぉ!」
「は?」
「僕は特別になりたいんだ‼」
何とも言えない沈黙が流れた。数年を共にしている職員ばかりの部署は訳が分からないまでも鉄平の行動が切実な理由があるらしいことをなんとなく察した。
「…………1日だけ、なんだな?」
近藤が深いため息をついて確認した。鉄平が大きく頷く。先輩にあたる女傑が一言念を押す。
「本気で彼女を害したら全員から処されると心得なさい」
「はい!」
女傑が釘を刺したから、とりあえず見守ろう。そういった空気に落ち着いたタイミングで穂乃花が辛うじて視界が確保されているといった量のファイルを抱えて戻って来た。鉄平がそちらを見て目を剥く。
「そのいかにも仕事してますってたくさん運ぶところ大嫌いだー‼」
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