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日付が変わって種明かし
定時退勤して1時間後に少しおめかししてお店に集合。穂乃花は飲むのも、食べるのも好きなのでなんだかんだで3次会くらいまで参加する。鉄平は珍しくお酒を飲んでいない。ヘンなの。穂乃花は気が付けば鉄平を目で追っていた。
お腹もいっぱい。日付も越えるということで穂乃花は帰ることにした。鉄平が慌てて追ってくる。穂乃花の前に回り込みビシッと直立した。
「4月2日になりました!」
日付を越えたからそうだろうけど、それがどうしたといった疑問。ぴょんとアンテナのように立った髪が触覚のようで思わず見てしまう。慌てると立つんだろうか。
「昨日はエイプリルフールでした。つまり、昨日言った嫌いは嘘です! 全部反対です! 修正願います‼」
穂乃花は目を瞬かせ、じわじわと把握した言葉の意味に体温が上昇するのを感じた。一体何回嫌いって言われた? 反対の意味って、好きってこと?
嫌いと言われたタイミングを思い起こせば仕事の姿勢ややり方、普段の所作、書く字に至るまで好きと言われたことになる。穂乃花は混乱した。そんな、それなら昨日1日は……告白されていたと言えないだろうか。
「僕のこと、嫌いですか?」
「……大っ嫌いだ」
真っ赤である。お酒のせいじゃなく赤いと鏡を見なくたってわかるほど頬が熱い。ずっと傍で嫌いと言うから1日中鉄平のことを考えることになった。言動の食い違いに気付いてからは目で追っていた。仕事は一生懸命。笑顔は可愛い。ご飯をおいしそうに食べる。嫌いと言われるのはちょっと傷付いた。……ずるい。こんなに意識させて嫌いかと問うなんて。表情に出ていたのだろう。鉄平が幸せそうに笑みを弾けさせた。
「はい、うれしいです」
「正直、ムカつくわ」
「はい」
「大嫌い。なんで、こんなことしたの」
少し目を潤ませて問えば鉄平がポケットティッシュを手渡し、すまなそうに頭を下げた。
「どうしても、あなたの特別になりたかったです。最悪、嫌われても……意識してほしかったんです。ごめんなさい、大好きです」
差し出された手が震えている。見事に思惑に嵌まったことが悔しい。何もこんな手を使わなくてもと思いながらも、これくらいのやり方じゃなきゃ意識できたかも自信はない。穂乃花は自問自答する。私は鉄平が本当に嫌いだろうか? ちょっとムッとしてはいるけれど、認めざるを得ない。鉄平は特別に意識する相手になってしまった。
「1日どんな気持ちで過ごしたと思っているの? あなたなんて……大嫌いよ」
笑顔で鉄平の手を取る。彼の口が小さく「嘘つき」と呟いた。散々振り回されたんだもの。これくらいの嘘は許されるはずでしょう?
手を繋いで夜道を歩く。まだ少し肌寒い風の中、ぬくもりがうれしいと思う。特別と認識してしまえば心の垣根などあっさり超えてしまうのだ。月が煌々と光っている。穂乃花はふっと口角を上げた。自分は鉄平ほど素直になれないから真意に気付くかわからないけれど一度言ってみたかったセリフを口にした。
「月が綺麗ですね」
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