《本番》

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《本番》

 幾度ものリハーサルを終えて、傍で見ていた鏡梨ではあったがその姿には圧巻された。迫力のある声とパフォーマンスは鏡梨を驚愕させ、見惚れるほどに気分が上がった。 (カッコ良かったな、あいつ……)  リハーサルから抜け出して銭湯業務へと励んでいる鏡梨は双葉の脳裏から頭が離れなかった。人々を魅了させる歌声が自分の作った曲で観客を震わせられるとなると、歓喜と共に緊張してしまう。――果たして、自分は観客の皆を興奮の波に連れて来られるのかと思うと不安になる。 「はぁ……」 「どうしたの、きょうちゃん。そんなにため息吐いちゃって?」  風呂から上がった薫が声を掛けてきた。相変わらず女らしいしぐさで話しかけてきたのだが今回は寒気を催さない。それだけ双葉のライブのことで頭がいっぱいなのだ。 「きょうちゃんらしくないね。いつもなら不満の一つや二つ言うのに」 「うるさいな。そんで、健さんは?」 「あの人、今日は出かけているの。まったく、私を差し置いてね」  不満を言ってはいるがどうってことのない薫に鏡梨は内心でムカついた。自分はこんなにも悩んでいるというのに呑気なものだと思う。  だが表面上では出ていたらしい。 「きょうちゃんも一人で抱え込まないでね。たまには私にも言ってよ」 「えっ……?」 「一人で悩んじゃうと疲れちゃうからさ。――じゃあ、またね」  お先にと出ていく薫の姿に鏡梨はその後ろ姿に見惚れたのだ。  プロとして初のライブになった。一応勝負服として双葉からもらった服を試着してくると九条からも「可愛いすっね~」などと褒めてくれたのだが、どういう心境で居ればよいのかわからなかった。  だがステージ衣装を決めていた着ていた双葉に「似合うぜ」なんて言われると心が高鳴った。「うるせぇ」なんて言っておいたが、それでも嬉しさを募らせたのだ。  リハーサルも終えて本番へと近づくと続々と客が押し寄せてくる。鏡梨は自分が立つわけではないのに緊張感を増していかせた。 「やべぇ……ドキドキする」 「なんで嬢ちゃんがドキドキすんだよ」 「あんたはしねぇの?」 「ライブには慣れているからな。まっ、まったくではないけどな」  片目を閉じた野性的な顔つきに鏡梨は自分だけが不安で緊張しているわけではないと悟る。だから双葉の肩を叩いて「応援してる」囁くように呟けば、双葉は――早芽はニヒルに微笑んだ。  早芽はカガリに後押しされてライブに挑むのだ。圧倒的な声量とカガリが、鏡梨が仕上げた新作の曲、ふっざけ騎士(ナイト)は多くの観客を興奮の渦に巻いた。  観客たちが踊り歓喜する姿に鏡梨は胸を撫で下ろし、興奮を抱かせて陰ながら応援をする。  双葉が舞台にはけた。「お前も来い!」なんて言われ、マスクを付けられたかと思えばステージ上に引っ張られる。  観客たちがどよめいた。早芽はマイクを片手に「俺の女神だ!」そう告げてニヒルに微笑み抱き寄せたのだ。  観客たちが興奮して尋ねているなかで双葉はヤットこ騎士(ナイト)を歌い上げる。カガリ……いや、鏡梨は戸惑いと緊張でその場に居ることでしかできなかったが、微笑んでいることで応援することができていたのだ。  観客が帰っていき控室にて鏡梨は興奮のあまり黙っていた。確か五千人の観客が来ていたと言っていたがあまりにも人が多すぎて豆粒のようであった。  だがそれでも興奮に苛まれて身体が疼く。自分でも身体が自然と震えて酔いしれてしまうほどだ。 「よぉ。興奮してんのか」 「……あんたはしてねぇのかよ」 「してるさ。バクバクしてるから、ちょっと外に行かないか?」  スマホで両親に『帰りが遅くなるから先に寝てていいよ』そう打ち込んで、双葉と共に外に出た。自分もこのバクバクとした興奮を抑えたかったのだ。  喫煙区域へと入り双葉がキャスターを吹かした。ちなみに九条は他の人たちと打ち合わせをしているらしく「煙草を吸ってきたら帰ってきて下さいっす」なんて嘆いていた。  時刻は夜の十時を回ったところだ。これから振り返りも入るから帰りはだいぶ遅くなる。今日はタクシーで帰るんだろうなどと思っていた矢先、「なぁ?」双葉が吹かしながら煙草を味わった。 「なんか夢みたいだよな。お前が、嬢ちゃんが……カガリが作った曲を俺がビートに合わせてラップを刻んでいる。――俺と鏡梨の合作だな」  夜空に耽った野性的な笑みに惹かれて一瞬だけ言葉が出なかったが「そんなの、あんたの力さ」そっぽを向いてしまう。なぜだが喉が渇いてしまった。 「違う。鏡梨の力さ。俺の力もあるけれど、鏡梨の力もあってだ」  こういう時に名前で呼ばれると果てしないほど喜悦になってしまい、どうしようもなくなってしまう。それがどうしてなのかがわからない。  火照った熱を冷ますように「なんか飲み物買ってくるよ。なにか欲しいものあるか?」柄にもなく尋ねれば、鏡梨の真っ赤な顔を見た野獣はニヒルに微笑んだ。 「控室に行けば茶なんて出されるだろう? だったらさ」  すると双葉が煙草を消して鏡梨を引き寄せた――かと思えば、深く口づけたのだ。  歯列を蹂躙し唾液を絡めさせる大人なキスに酔いしれて鏡梨も応えるように、そっと舌を差し入れる。 「鏡梨……」  舌を絡ませたディープキスに酔っていると、双葉が惜しむような顔をしてそっと離れた。「これ以上キスしたら行けなくなる。またしようぜ?」そう言って鏡梨とわざと手を繋いで離さずに控室へと向かう。  ――その姿を誰かが写真で撮っていた。彼は雇われの写真家らしい。 「ふ~ん、あれが噂のか。鏡梨の女装姿なんて勃起もんだな」  男は――周はふと雇われの写真家に「若にも渡しておけ」そう告げて車で去った。  その二時間後。知らない顔をしている鏡梨はタクシーで双葉と九条に送ってもらった。  伝って窓に入り着替えてそろそろと両親の寝室へ戻ると二人とも眠っており、番台を見れば「明日は掃除よろしくね」そう書置きがされていたのだ。
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