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《若頭》
枯れるくらい泣いてしまい気恥ずかしさあったが双葉が傍に居てくれたことが嬉しかった。だから最近の悩みである、父親が双葉といることで帰りが遅くなったり、なにをしているのかがわからないから不安にさせていたりしていることを伝えた。
だが自分がアウトローの世界に居ることを言いたくはないし女装していることも言いたくないことも言ったのだ。
双葉は鏡梨にコーヒー牛乳を飲ませつつも頷きながら聞いてくれた。
「なるほどな……。でも、俺が脅しているのもなんだが、マスターには話すべきなんかじゃないか? お前のリリシストの才能を腐らせるわけにはいかない」
「でも、フリーでも別に良いし。俺は自分の世界が築ければそれで良いし……」
孤独な世界であってもそれでも良かった。自分はただ曲だけ作れればそれで構わなかった。
双葉が盛大な息を吐き「あのさ……」なんて言う。その戒めるような瞳に囚われる。
「だったらどうしてカガリ名義で何度も投稿してきた? それはみんなに認められたいからだろう?」
「それ……は」
意表を突かれなにも言えない鏡梨に双葉は窓を開けて煙草に火を付けた。キャスターマイルドの心地よい香りに誘われる。
「お前はとんでもなく図々しくてわがままで無益だ。確かに金になる仕事になるのなら嫌なことでもやらなくちゃならないし世界は狭まるかもしれない。苦渋を飲む思いだってしなくちゃならない」
「だったら俺は――」
「でも、アマチュアとプロは格が違う。見える世界が広がるんだ」
煙草を吐いて窓を背にしニヒルに微笑んだ。今回のニヒルさは自分の挑戦に対してのものな気がした。
「俺はお前と一緒にプロになりたい。プロになって色んな奴と交流して高め合って……本当の音楽を、ラッパーを目指したいんだ」
「……双葉」
「名前、今回はしっかり呼んでくれたな」
煙草の灰がらを携帯用灰皿に捨てて近寄って微笑んだ。優しい野獣の笑みに赤面し悩んでいたことが忘れてしまいそうになる。
それだけ温かい笑みであった。
「お前の悩みが尽きないのなら俺が解決してやる。マスターのこともなんとかしてやるからさ」
「……ありが、とう」
双葉の口端が緩んだ。
「なんだよ、いつもは馬鹿だの死ねだの言うのによ。天邪鬼でツンデレで可愛い鏡梨くんはどこに行ったんだ~?」
「なっ、てめぇっ!」
顔を紅潮させて背けてしまう鏡梨に双葉はニヤついてみせて「そっぽ向くなよ~」ケラケラと笑いながら傍に居てくれた。
双葉が傍にいてくれるだけで安心感を抱き、作詞に集中することができた。だから
帰ろうとする双葉をわざと引き留めて夜まで帰さなかった。
まだ序盤ではあるがリリストは進むことができた。
今日の露天風呂はローヤルゼリーという名の青く澄んだ色調をした風呂であった。
双葉は頭にタオルを乗せて息を吐く。最近は鏡梨とぐっと距離が近づき罵られることもあるが、甘えられることもあった。
さすがに男とはいえ、奇麗でもあるし端正な美青年だ。声さえ出さなければ男だなんて気づかないほど、小柄で華奢でツンデレで天邪鬼だが……甘え下手で可愛い奴だなと最近になって気が付いた。
「さぁて……。マスターにはどう説明をするか、ね」
鏡梨のような化け物をフリー素材なんかに使われるのなんてたまったものではない。あの美しく可愛らしい化け物はヒップホップ――いや、音楽界隈で花が咲くに決まっている。
だがもしもそれに気が付いたとしても双葉は憂いを帯びた化け物手放したくはなかった。それは自分の所有物にしたいからでもあり……愛してしまったから。
身体も心も愛してしまったから、手放したくはないのだ。
「うまい良い手はないか……かどうかだな。まぁ、鏡梨は嫌だろうが白状しちまった方が良いと思うんだがな」
チャポリと音を立てて水面が揺れる。鏡梨に説得をして鏡史に話をしてもらおうかと思った矢先であった。
「よぉ色男。サウナ以外で会うとはな」
「てめぇ……、デブと――?」
周がにたりと笑えば隣には背が高い色男がそこに居た。いや、物腰が柔らかそうな優しそうな男である。
双葉とは違った意味で魅力的な色香を纏った男であった。いつもは横暴な周が妙にへこへこして頭を下げて先に風呂に入らせている。
男が入ると周もザブリと入った。
「あんた、周の目上か? 若い割には上司なんだな」
「まぁ……そうなんですかね。周さんによくお世話になっていますけど」
「なに言ってんですか若~。お世話になっているのはこちらっすよ。海外に赴任になっていたのに、またお顔が拝見できて嬉しい限りです」
(……若?)
どういう意味だと思っている双葉ではあったが若と呼ばれた男性は「また日本に来られて嬉しいですよ」そう言ったのもつかの間、眉間に皺を寄せている双葉へ軽やかに微笑んだ。
「周さんから話を聞いています。初めまして、組頭の池田 霖之助と言います。若頭をやっていますが、無益な争いはしたくはないので。どうぞよろしく」
ご丁寧に手まで差し伸ばされて「あ、はい」なんて触れようとする。
すると風呂場の巡回に入っていた鏡梨が呆然と立ち尽くしていた。周はともかく色男が握手をしようと求めてきたのだ。妬いているのかと思ってニヒルに微笑もうとすれば――鏡梨の顔は顔面であったのだ。
「いけだ……さん」
逃げようとしているが立ち尽くしている鏡梨に霖之助はにこりと微笑む。
「もうりん兄さんって呼んでくれないのかな。――鏡梨」
池田の脅迫めいた微笑みに鏡梨は逃げ出したのだ。
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