*《お礼》

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*《お礼》

 双葉には告げたもののやはり鏡史に伝えるのは不安と緊張を伴った。  今まで音大に行く以外は両親に歯向かわずに生きていたのだ。音大に行くにしても大反対されて通ったのにも構わずに、自分の性癖を覆せないおかげで中退してしまった。申し訳が立たないほどなのに「大学に行け」とも言わずに銭湯稼業でのんびりと過ごさせてもらっているのは頭が上がらない。  厳しい父親の部類ではないが、アウトローな世界でヒップホップでしかも女装癖のある自分を受け入れてくれるとは――考えられない。  だが双葉も察したようで「俺も居るからさ」力強く背中を叩かれて、今現在。 「父さん、話が……あるんだけど」 「あれ、白淵さんも一緒か。どうした急に?」 「いや、その……あの……」  言い出しづらそうな鏡梨ではあるが隣に居る双葉に背中を押されて「双葉との話なんだ。重要な話だからさ」そう告げると険しい顔つきをした鏡史が店番を妻に任せたのだ。  リビングに通された二人は面と向かっている鏡史へ真剣な眼差しを向けた。鏡史の厳しい視線が二人を見つめた。 「危ない遊びをしている……っていうわけではないな。鏡梨、お前は最近……いや、前々からなにしていた?」 「それは……」 「部屋でこそこそしているからな。怒らないから言ってみなさい」  だが言葉とは裏腹に厳しい視線に鏡梨は言えないでいると「こいつはリリシストの才能があります」双葉が真剣な顔立ちで告げたのだ。鏡史は呆気に取られた。 「リリシスト? なんだそれは?」 「ラッパー、いや、ヒップホップの世界で作詞という意味です。こいつにはその才能があります。腐らせるわけにはいきません」 「ヒップホップ……というジャンルに鏡梨は居るの、か?」 「はい。あと鏡梨は身バレを防ぐために女装してその世界でプロとして活躍しようとしています」 「女装にヒップホップ、リリシスト……」  鏡史は頭を抱えて太い息を漏らした。それを早く言って欲しかったとでも言っているようだ。  長い沈黙を終えて鏡史は「鏡梨にはそのリリシストの才能が本当にあるんですか?」双葉に問いかければ「あります。手放したくないほどです」はっきりと答えれば、その真剣な眼差しが鏡梨へと向き鏡梨が肩をビクつかせた。  鏡梨は目を逸らさなかった。 「鏡梨、――お前は本気でやりたいのか?」 「うん……。やってみたい。お願い、やらせてください」  素直に正直に強く訴えれば、鏡史はふと笑って「もう母さんも心配させるんじゃないぞ」鏡梨はリリシストの道を開くキッカケがもう一つできたのだ。  銭湯業務の後に湯船へ浸かる為にシャワーで洗い流す。ふんわりと香るシャボンの香りに包まれて洗い流し、トリートメントを塗布して洗い流す。  次に柚子の香りがするボディソープで身体を洗い流せば、誰かが入ってきた。誰かなんてもうわかる。――酒も煙草も好きな大柄な男だ。 「また父さんに言って入って来たのか?」 「あぁ。マスターに銭湯業務の手伝いをしてくれていれば、それでいいってよ」 「そっか」  柚子の香りがする泡を洗い流せば、双葉が隣にやってきてシャワーをざっと浴びた。するとなにを思ったのだろう。  鏡梨が「背中貸して」そう言って泡立つボディソープで洗ってあげたのだ。双葉は少し驚いている様子だ。 「どうした急に? 気持ちが良い……けどよ」 「その、お礼が言いたい、から」  ゴシゴシと逞しい男の背中を洗いながら「ありがたかったから」顔を俯かせて紅潮させつつ誤魔化すように声掛けをする。 「前とか洗うか? あ、でも洗えるか」 「い~や。前も洗ってくれ。お前、洗うのうまいな」 「うまいもなにもないだろうに」 「可愛い男で惚れてる相手に奉仕されると――萌えるんだよ」  ニヒルな笑みを見せて鏡梨の奇麗な手を掴み局部に触れさせれば、大きく怒張したブツに触れてしまった。顔が赤面してしまう鏡梨に「なぁ」そう言って双葉がわざと触れさせてくる。  さらに雄姿くなっていく双葉自身に鼓動を跳ねさせば耳元でさらに囁かされた。 「突っ込まねぇからよ、イケない遊びしないか?」 「イ、イケない遊びって……」 「こうやって、さ。お前の、鏡梨の手で俺のを弄り倒すのさ」  手を添わされて上下に扱いていけばさらに真っ赤に熟れて張りつめてくる双葉に鏡梨も興奮してしまう。双葉が悠然として微笑んだ。 「おい。腰に当たってんぞ、むっつりめ」 「う、うるさい。俺のは気にすんな。自分で抜くし……」 「いいから椅子持ってきて前に来い。――二人でシような?」  言葉に誘導されるように鏡梨はふらふらと双葉の隣に行き自分自身を双葉に触れさせた。双葉の大きく男らしい手で果ててしまいそうになる。  でも我慢だ。ここで我慢をしないと自分が礼をした意味がない。 「あぅ……ふた、ば……! 俺、お礼、言いたかっただけなのに……」 「お礼なら受け取ってるさ。こうやって、イイコトしてる……だろ?」 「うひぃ……」  片手で扱かれて蹂躙されるように触れられて鏡梨は双葉の手を疎かにさせてしまう。だがそれでも構わぬように、双葉は気にせずに鏡梨自身を優しくも強引な手で触れていく。  欲に駆られた鏡梨は、不安はまだあったが双葉のおかげで一つ乗り越えられたので忘れていた。今は激しい欲に溺れるだけだ。 「双葉……、ありが、とう……」 「おう」  手中で果てた可愛らしい化け物は獣の愛撫で淫らに震えたのだ。  
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