《事件》

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《事件》

 数日後に完成したリリックを試しにパソコンに取り込んでソフトで歌わせてみた。  部屋には九条も招いている。もちろん双葉もだ。  三人の男は用意されたバラード調の音楽にリリックを乗せた曲を――騎士シリーズヤッテやら騎士(ナイト)を無機質な男の声を傾聴した。  歌い終わった瞬間、九条も双葉もシンとする。ただ、呆気に取られ息を呑んでいる瞬間が垣間見えた。  鏡梨の鼻の穴が膨らんだ。掴みはバッチリらしい。 「すげぇ……な。ソフトが歌い上げているだけなのに」 「これ、許可下りるっすよ。というより、この場で歌って欲しいぐらいっす」  九条は驚愕してずり落ちた眼鏡を上げた。「そんなに良い曲になった?」なんて鏡梨は悪戯に笑えば二人とも面白いくらい頷いて「すげぇよ……」驚きと歓喜で満ち溢れていた。  鏡梨はさらに鼻の穴を膨らませる。せっかくの美少年が台無しである。 「俺だって本気出せばこんぐらいちょろいよ。ははっ、俺って天才――」  鼻に手を伸ばそうとして瞬間、双葉が引き寄せて抱き締めた。熱い抱擁に顔を赤面させて「どうした、急に……?」そう尋ねれば、「俺はお前を離さない」告白めいた言葉を紡いでいくのだ。  今度は鏡梨が呆気に取られてしまう。 「曲調のバラードの中で切なさが入り交じっているのが、なんか、こう……胸に響いたんだ。特に、そうだな……『きっとあなたに染まるほど』なんて切ないのに嬉しい言葉で締めくくられるのとか、なんか胸に来た」 「そ、そうかよ……」 「お前、結構ロマンチストなんだな。な~んか、妬けるぜ」  首元まで埋められて恥ずかしさのあまり突き放そうとするが、なぜか離せずにいた。九条が苦笑いしているのにも関わらずにだ。  きっとバカップルだななんて思っているであろう。それでも、離れずに「髭が擦れて痛ぇ」なんて言いながら嬉しくなる自分が居たのだ。  事務所へ曲を提出した帰りであった。今日は双葉も九条も別の仕事で来れないというので一人で女装して訪れたのだが、プロデューサーも忙しかったらしく見送りとなったのだ。 「ふぅ……、疲れた」  事務所を出て帰りの電車に乗ろうと歩んでいた時、一台の車が近づいてきた。近づいてハザードランプを点滅させてクラクションを鳴らせている。  失礼な車だな、なんて思っていると「鏡梨」恐ろしいくらい優しげで怖い声が響いたのだ。――振り向けば、朗らかな顔をした池田の顔があった。 「池田……さん」 「りん兄さんじゃないんだね。悲しいな。鏡梨もあっという間に大人になったんだね」 「……よくわかりませんが、俺に近づかれても困ります。俺は用事がありますので失礼します」  無視して歩き出そうとすれば黒服たちがすかさずに出てきて鏡梨を囲んだ。鏡梨は呆気に取られるもののその場から逃げ出し大声で助けを呼んだ。  今はお昼なので人通りも多く助けを呼べばなにかしらの痕跡は付けられると信じている。  白昼堂々の犯行ではあるがそれだけ余裕があるのだろう。逃走を阻まれながら鏡梨は必死に叫び――連行された。  一人の女性がわなないて警察に連絡をした。  黒いベンツが一人の少女を攫ったと。セミロングの黒髪に白い肌に鼻筋の通った顔立ちの端正な顔に大きく丸い瞳で小柄な花柄のワンピースを着た少女が……黒服たちに連れて行かれたと。  明らかに大胆な誘拐事件だ。警察はすぐさま対応し、事件が大きく報道された。  その頃、双葉と九条はレコーディングを終えて鏡梨とは入れ違いで事務所へ向かい、プロデューサーへ会おうとしていたが、会えなかったので近くの中華料理屋で昼食を摂っていた。  そこは昔ながら中華料理屋で小汚いが味は絶品でアットホームな雰囲気の店であった。双葉は醤油ラーメンに半チャーハンを。九条はレバニラ炒め定食を頼み、二人で ビールを煽ろうとして……やめる。  今日は鏡梨の所へ寄ろうとしていたし、『湯花』にも行こうとしていたのだ。 「いや~、カガリさん……まぁ鏡梨さんと入れ違いになっちゃったすっね」  レバニラをご飯でかき込みながら食す九条に、勢いよく面を啜り上げる双葉が顔を上げる。 「入れ違いにはなって残念だけど、銭湯行けば会えるから良いだろ」 「なにこの前、俺の前で熱いハグしていたのに言えるんすか?」 「熱いハグを何度もできると思えば元気になれんだよ。俺はあいつに惚れてるからよ」 「……まったく」  太い息を吐いてかきたまスープを飲み干す九条と半チャーハンを食していた際、テレビで速報が流れた。 『速報です。○〇区の○○町にて白昼堂々の拉致誘拐があったようです。犯行は大胆であるため警察は緊急会議を開いており――』 「あれ、ここの付近じゃないっすか。こんな昼間に拉致誘拐だなんて不思議っすね」 「そうだな。というか、やくざがらみじゃないのか?」  食いついてテレビを見ているとスマホで撮影されたのであろう拉致被害者の顔写真と名前が示されていた――険しい顔つきをした黒目の美青年の顔写真の下には。 「泉 鏡梨。……鏡梨が連れ去られた?」 「えっ!???」  二人が驚きのあまり立ち上がってしまったのだ。
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