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《俺はそれでも続けたい》
グレーな存在であった池田組に調査が入った。ニュースでは池田組が白昼堂々で一人の人間に拉致監禁をしたおかげで話題となったのだ。
そして被害者となった鏡梨も取材をされるようになったのだが……。
「鏡梨、ちょっといいか?」
「なに、父さん。リリシストの話のこと?」
「いや、それもあるがな……」
鏡史は少し言いにくそうな顔をして「女装のことでな」なんて言い出したのだ。やはりそう来たかと思って鏡梨は「双葉と決めたんだ」少し微笑んで、リビングで話をしようということになった。
一人で将来の話をするのは音大に行く時以来だ。――ふと目の前に居る父親に目を向けながら、鏡梨はわざと女装の姿で居たのだ。
「お前のその姿は、趣味なのか? 聞いたことがなかったんだが……」
「趣味ではないよ。俺があの人にされたのが残っているだけだよ」
「……気づかなくて申し訳なかった、な」
目を伏せて申し訳なさそうに項垂れる鏡史に「大丈夫だからさ。そんな顔しないでよ」なんて言えば、「鏡梨がそんな目に遭っていたなんて気が付かなくて……」その悲しげな瞳に鏡梨も謝罪をした。
ニュース番組で鏡梨が話していたことに鏡史は絶句をしていたようだ。
「どうしてそんな目に遭っていたのを言わなかったんだ? ニュースでも言っていたが、性犯罪みたいなものなんだぞ?」
「……言おうとした頃には、自分が異端で異質な存在になっていたから、かな。――勇気が出なかったんだ」
勇気が出なかったのは本当であった。勇気が出せずに警察に行くことも、両親に話すことさえも不安でならなかった。
自分という存在が異質であると認めるのが怖くなってしまうのを恐れていたのだと鏡梨は話していく。
あの人が……池田が正解であって、自分が間違っている存在になってしまったのだと本気で思ったのだ。
「鏡梨。父さんはお前がたとえ異端であっても、異質な存在であって……愛しているし大好きだ」
「……父さん」
「それは母さんだってそうだぞ? ただ心配なのは――女装をするリリシストっていう存在で良いのかということだ」
痛い所を突かれるが鏡梨は少し考え込んでからにこりと笑った。
「俺が決めた道だもん。成り行きで決めたのなら決めたなりに成し遂げなくっちゃ」
「……そうか。それがお前の誠意みたいなものなのか?」
鏡史の厳しい眼差しに鏡梨は強く頷いた。普通のリリシストよりも異端ではあるが女装をしている青年の方がパンチがある。
それにニュースでは本名だけでカガリというリリシストであることはまだ掴んでいない人間も多かった。
ニュース番組で取り上げられた際にも女装をしていたが、男というのはまだ確認は取れていない。
果たしてわざとなのかもしれないが、女装をしているのを伏せられているのも心の準備が整っていないのでまだ把握されていなくて良かったなとは思う。
だがいずれ、リリシストとして有名になれば自分の女装は暴かれることになる。――それでも負けられずにいられるのか。
しかしそれでも続けたいのだ。自分の道を切り開きたいのだ。
「父さん、俺はたとえ険しい道でもプロのリリシストとして歩んでいきたい。そのためならなんだってする。――絶対に乗り越えてみせるから」
鏡梨の強い言葉には真剣さを募らせていた。すると鏡史は笑って「もう父さん、母さんを心配させるなよ」なんて言って頭を撫でたのだ。
双葉は銭湯に入って鏡梨の部屋へと向かえば、鏡梨は執筆中であった。
「あ、双葉か。風呂どうだった?」
「気持ち良かったぜ。今日の露天風呂はラベンダーの湯でもあったからリラックスできた。あ~、煙草吸っていいか?」
「いいぜ別に」
すると双葉は窓際に立って煙草を吹かした。キャスターマイルド、ボックスの5ミリの香りに抱かれて執筆をしていく。
プロデューサーからもヤッテやら騎士はクライアントからも評判が良いと聞いている。
無事にチョコレートのCMにも起用するそうだ。そうとなれば次の曲だ。
まだ曲調しか聞いていないが今回はパンチが効いたヒップホップ系の曲を書いて欲しいらしい。
ヒップホップなら得意中の得意なので筆が進んだ。だがパンチも単調なものではなく語彙力をきわめてふんだんに使用したライムを決め込もうと考え、譜面に書き込んでいく。早く次の音源が欲しい所である。
「なぁ鏡梨、ちょっと付き合え」
「はぁ? なに付き合うんだよ。散歩か?」
「散歩も良いけどよ。……これからのことだ」
筆が止まる。これからのこととはどういった意味だろうか。
双葉は煙草を吸い終えた。そして窓辺に鏡梨を呼ぶ。――今日は満月であった。
「お前の女装はやめた方がいいのかなって思ってよ。可愛いけれど、男だって思ったら批判されるかもしれないだろう」
「……そうかも、な」
「だったらさ、まだ有名じゃない時に――」
「嫌だ」
どうして? などというような顔つきなる双葉に鏡梨は悪戯に微笑み「作戦だからさ」そう告げて話を続ける。
「俺の女装が暴かれようが暴こうが、それでネタになるのならそれでいい。俺はお前と……双葉とプロになって一生続けられるのなら、たとえ変態野郎だなんて言われてもそれでいい」
「……鏡梨」
「俺の道を切り開いてくれたのは双葉だ。――俺は双葉の力になるのなら、自分が異端であっても、受け入れて利用してやる」
月夜に照らされた美青年の顔立ちに見惚れ、双葉は強く抱擁し……愛を囁く。
「俺はいつまでもお前を受け入れるからな」
「双葉……」
そして満月の夜に二人は誓いのキスをしたのだ。
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