《パンチライン》

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《パンチライン》

 銭湯『湯花』は今日も元気に営業中だ。……だが最近、変化したことがある。 「今日もきょうちゃん居ないのか?」 「リリシストっていうのも大変なのね~」  常連客の健さんと薫は仲良くビールを呑みながらマスターの鏡史へ話しかけている。もう常連客全員は鏡梨がプロのリリシストとして本格的に活動していることを周知していた。……周はもう来ていないのだが。 「あぁ、そうなんですよ。プロとしてやっていけるのか親として不安はあるんですけどね。でも応援はしたいなと」 「リリシストじゃなくてモデルになればいいのに~。きょうちゃん可愛いんだから」 「薫も可愛いぞ~」 「あら、ありがとうね」 「……のろけは鏡梨の彼氏で十分ですよ」  三人は互いに笑いあった。  黒と白を基調としたワンピースを着た鏡梨はにこやかに微笑みながら雑誌のインタビューを受けていた。  注目のリリシストとして紹介される為に、男であるのを隠しつつもインタビューに応じていったのだ。記者も初めは鏡梨の声に違和感を抱いたものの、わざと女らしく振る舞い、にこやかに微笑む鏡梨の姿にノックアウトされて、嬉々としてインタビューをしていく。  さすがにぎこちない笑みを続けながら話していくのは疲れてきた。もう化粧を落として帰りたいぐらいだ。 「それでカガリさん! 次の質問なのですが……」  またかよ……なんて思いつつにこやかに微笑んで応じようとすれば、助け舟が現れた。――レコーディングを終えた双葉が顔を見せに来たのだ。 「おう、きょう……じゃなかった、カガリ! 顔、やつれてんぞ~」  ニヒルに微笑みながら近づき、邪魔をしようとする双葉に記者は憤慨をしている。  カガリは、いや――鏡梨のにこやかに微笑んでいる姿は女神のように美しく可愛らしいのだ。それは多くの人間を虜にするほどである。そのおかげでファッション雑誌の話まで来るほどだ。だがリリシストとしてしか興味がないので、売り込み以外では掲載に乗らないのが鏡梨のずる賢いやり口である。 「ちょっと早芽さん、今はカガリさんの取材をしているので邪魔をするのは……」 「カガリも言ってやれよ。疲れたってよ」  確かに疲れたので双葉の応援を背に記者に向かって片目を閉じた。 「俺、疲れたから帰るね。――あんまりしつこいと嫌われるよ?」 「えっ……!??」  そそくさと双葉の傍に駆け寄り、記者の元へ駆け寄るカガリは手を振ってインタビューを後にした。  その後、カガリは瞬く間にインタビューをする者たちの心を打ち抜き、パンチラインを決めて帰るのが通例となってきている。お決まりに彼氏と噂されている双葉を連れて帰る姿に記者たちはさらに熱を上げて取材をしていく姿は双葉と計画したプロになる為に、一生売れる為の策略のようなものだ。  プロの人気ラッパーと組んだハートを打ち抜く女神のコンビが――今、ここに誕生し、人々の話題の渦に沸かせるのは言うまでもない。  彼らはプロとして勝ち残る為に最高のパフォーマンス……パンチラインを決め込んで人々に魅せるのだ。これからも、ずっと。  ~Fin~
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