《たとえどうでも》

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《たとえどうでも》

 どういうことかを追求されて困り果てる鏡梨ではあるが、彼は自分がカガリではないことを証明することにした。そっちの方が都合が良いからだ。 「俺はその、カガリって人じゃない。それはあんたの勘違いだ」 「じゃあどうしてその譜面がお前の手元にある? カガリがSNSで上げていたぞ」  SNSもフォローしやがっていたのかとも思ったがそれでも構わずに、鏡梨は続ける。自分の世界をこの男に奪われたくなどない。 「そのカガリは俺の……その、――友達なんだ。そこに俺も介入しているだけ」 「友達? その友達が、お前の……か?」  疑い深い双葉に教え込むように、鏡梨は自身の経験談を踏まえて話をした。 「カガリは自分が女なのを隠して執筆しているんだよ。ラッパーってアウトローな世界だろ? そのカガリって子は両親からそういうのは見られたくないって言って、譜面だけ俺の所へ寄こすんだ。俺がたとえ持っていても、俺はその……引きニートだし、売れないリリシストだから良いだろうって話になって……」 「……カガリは、女、なのか?」 「そう。でも、女の割にはふざけた内容書いているから、だから友達の俺にって」  半端強制的ではあるが双葉は説明された内容よりも、カガリが女であることに驚愕していたようだ。それだけ自分が書き上げた作詞はハレンチというか、情けないのかと思うと双葉にどのような言葉掛けをすれば良いかわからない。  それだけカガリという自分が作り上げた女性像に困惑しているのだと思うと、やっぱり嘘でしたと言うべきだったのだろうか。 「……そうか。カガリは女とはな。有名なリリシストだし、勝手に曲を使わせているのに怒らないもんな。――そっか」  双葉は煙草に火を付けた。キャスターマイルドと書かれている。勝手に窓を開けているのにも関わらず、そのまどろむ様に鏡梨は見惚れてしまった。――頭のなかで吹っ飛ばした。 「まぁでも良かったかもな。カガリは俺の女神ってことがわかったよ」 「えっ?」  紫煙を燻らせて双葉はニヒルに微笑んだ。 「カガリの作品と出会わなかった頃の俺って、今よりもラッパーとして才能がなかったんだ。MCバトルで連敗する、……弱者だよ」 「ふ、ふ~ん」 「でも、カガリのあのフローとパンチラインを聞いた瞬間に、自分のインスピレーションが変わったんだ」  煙草が灰と化したので双葉は持っていた携帯用の煙草入れにしまい込み、窓に項垂れる。その姿はどうしてだが鏡梨の目に焼き付く。――脳内から吹っ飛ばす。こんなむさくるしい男のなにが焼き付くのだと勝手に思考を変える。 「で、インスピレーションが変わってどうなったんだよ。もっと罵倒するようになったの?」 「あぁ。罵倒したね。ダチだと思っている奴らと絶縁するぐらい罵倒してな。――でもそのおかげで賞金とメジャーデビューが確約された。プロとしての第一歩だよ。この歳でな」  双葉がくしゃりと野性的な笑みを零すと、鏡梨はどこか間違えたかのような感覚に陥る。自分の感性は人より違うとはわかってはいるが、こんな奴に……なんて思ってしまう。  だから頭を振って忘れるのだ。 「なんだよ急に頭振って?」 「う、うっさい! なんでもない!」  顔を赤らめてそっぽを向ける鏡梨に構わずに双葉は空を見上げた。 「俺のa.k.aネームの早芽の由来はな、早く芽が出るようにって名付けたんだよ。自分の双葉って名前にも掛けたがな。……だがカガリが女だとはね~」  窓を背にしてまたニヒルに微笑む獣に見定められたような感覚に、鏡梨は心を掴まれそうになって――離した。  この男が男女を惑わせる独特のフェロモンを持ち併せているのだと思い込み、己のなかにある(メス)を排除する。  それでも構わずに獣はふっと笑う。 「じゃあ聞いてみたいんだけどよ。――カガリはどういう女だ? 美人か?」 「はぁ? 美人かって言われると……」  そしてふと思いついた。ここでブスで嫌な奴だと告げればカガリのことなど興味を失うのではないか。そう思ったら次の言葉が出た。 「いや、すっげぇブスで言葉も乱雑で手が早いんだ。本人は隠しているけれど攻撃的っていうかな~」 「……ふ~ん」  ざまあみやがれと内心で小突いて鼻を膨らませる鏡梨ではあったが、なんと双葉は「ますます会いたくなってきた」などと言ってくるではないか。  鏡梨は唖然とした。 「だって有名なリリシストだし会って損はないだろ。あの天才的なフローとパンチライン書けるなんて見事としか言えねぇな」  まさか褒められるとは思わなかったので少し顔を隠すようにして「でも本当にブスだぞ?」なんて確認をするのだが笑い飛ばされた。 「俺はカガリに救われてラッパーやってんだ。ブスだろうが関係ねぇよ」  その言葉に鏡梨は胸に響くように、実は自分がカガリだったと言ってしまいたくなった。  この男はカガリが男でもそんな口を叩けるのかと疑い深くなった。――知りたくなってしまったのだ。 「まぁでも、女に美も醜もねぇって言うし、同じ穴だしな。突っ込めば関係ねぇよ」 「――――はぁ?」 「いや、女だろうが突っ込んじまえば関係ねぇなって思ってさ。……ちなみにどんなブスなんだ? ちゃんと穴の確認はしていて――」  次の瞬間にドロップキックをお見舞いし、ドアへと叩きつけた。ゴンッ! なんて音が鳴り響くが威力はそこまでないだが、ド下ネタを(かわ)せない赤面した美青年はそのままドアを開けて双葉を一気に押し出して放り投げた。  ズガガガッ! という音共に「店番するから!」なんて言い放つ端正な顔立ちの男が赤面している姿に、野獣は倒れ込んだままふと笑うのだ。
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