《不器用だから》

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《不器用だから》

 なんて言葉を掛ければ良いのかわからないが、長い時間のなかで鏡梨は思考に耽った。  双葉が居て銭湯の客層が少し変わったこと。健さんや薫やおっさんやじいさんたちと一緒に風呂上りに仲良く酒を飲んでいること。客が求めるように双葉に会いに来ていること。――自分のような乱暴者と仲良くしてくれること。  恥ずかしかったがこの野獣を元気付けしたかった。 「あんたはこの銭湯に来ている限り、一人じゃない。あんたを求めて、あんたの顔や中身を求めて人がやってくる」  獣が聞き惚れるように耳を傾けた。 「俺みたいな乱暴者の相手にしてくれる一人だし、みんなあんたのことが大好きだ」 「……お前はどうなんだよ。――俺のこと、好きか?」  告白めいた言葉を聞いてしまい鏡梨は戸惑ってザブンと音を鳴らして立ち上がった。 「そんなの知らない! 早く上がれよ馬鹿。風呂掃除すんのに邪魔なんだよ。メジャーデビューすんのにそう落ち込むな変態」  顔が赤いのは湯経ったからだと思い直して脱衣所に行こうとする鏡梨の身体を――双葉が引き寄せた。引き寄せられてまた湯船にジャボンと浸かり「なにすんだ!」なんて怒る鏡梨を、獣は愛おしそうに囁く。 「あんがとな。不器用なりに励ましてくれてよ。……嬉しいぜ」 「それが……なんだよ。というか、不器用って」 「不器用だし、なぜか励ましてくれてんのに怒るしさ。――あ~、お前ってツンデレで可愛いよな」  首元に頬も髭を擦りつけられてさらに真っ赤になってしまう鏡梨は「変態だ!」突き放し、潔く湯船から上がった。  ついでに残りの酒をたらふく飲みほした双葉と脱衣所に行って着替えたが「俺は先に上がっているぞ~」だなんて言って掃除を手伝うことはない。  あのくそオヤジ……恨めしげに呟きつつ、タオルを首にかけて温水を流しブラシで擦り上げて掃除をする。  途中で水分補給をしながらもなんとか終えて、風呂場から抜け出した。  ――今夜は月夜が奇麗だな。  暗がりの番台に『掃除完了』という立札を立てて置き、中にある自販機でコーヒー牛乳でも購入しようかと思った時であった。 「終わったか。待ちくたびれたぞ」 「……あんた。もう夜の零時回っていんのにまだ居たのかよ」  軽く息を吐き変な奴だななんて思っていると、腕をむんずと掴まれた。コーヒー牛乳を買いたかった鏡梨は「なんだよ急に!」そう怒鳴ったが唇に人差し指を突き付けられて「牛乳で我慢しろ」色っぽく艶ややかな声で鼓動を跳ねさせた。  抜け出すように連れられて来られたのは――近所の公園だったのだ。ベンチに腰掛けて牛乳を渡される。どうしてだがほどよく冷たかった。 「俺、コーヒー牛乳が良かった」 「風呂上りと言えば牛乳だろ。わかってないねぇちゃんだこと」 「だから鏡梨だから」 「お前が『双葉さん』って言わねぇ限り一生ねぇちゃんか嬢ちゃんな」 「ぜってぇ言わねぇ」 「――っく。可愛い奴」  可愛いってどういうことだよと問い詰めたいがやめることにした鏡梨は、牛乳に 口を付けて一気に飲み干す。たまに飲む牛乳も良いなとか思ってしまうが、気の迷いだと心のなかで完結させた。  ――隣から煙草の香りがする。ふと視線を見上げれば双葉が紫煙を燻らせていた。煙草に関してどうしてだが嫌悪感を抱かずに、ふわりと香る煙に興味を持つ。 「それ、なんの銘柄? 俺にわかるか知らないけど」 「キャスターマイルドでボックスの5ミリ。最近は健康志向でな」 「……それ何語?」 「聞いたのにわからないのが面白れぇな、お前」  ニヒルに微笑んで煙草を軽く吸っては吹いている双葉の横顔が精悍さとワイルドさを際立たせる。こういうフェロモンを持っている奴がモテるんだよな……ふと思いつつも言葉にしないのは――恥ずかしいから。  ちらりと見て煙草に浸っている男の横顔に浸りつつ、鮮やかな月夜を見ていたのだ。  翌日になり、双葉が顔を見せなくなってしまった。初めは腹が痛くなったのだろうとか風邪を引いたんだろうとか言っていたが一向に来ることがなかった。  だが銭湯『湯花』はそれでも元気に営業をしている。  男湯のマットを変えながらサウナマットを取り出そうとする鏡梨に、風呂上がりの健さんが薫を連れていた。 「きょうちゃん。双葉はどこに居んのか知らねぇか? 薫も……まぁ、寂しいよな?」 「寂しいね~。どこに行ったんだろ。あの野獣イケメンは」  この薫って男はあの変態にも気が合ったのかと思うと寒気がする。それが表面上に出ていたのか「冗談よ、きょうちゃん」笑いながら言っているが目が本気な気がしてならない。  もしかして三人で……、なんて思うと吐き気を催す鏡梨ではあったが、ほかにも多数のおっさんやおじいさん、おばあさんに美女までもが双葉のことを催促するように聞いてくるのでやっていられず「わかったよ! 調べればいいんだろ!」怒鳴りつけてパソコンでSNSを開いた。  双葉がSNSをフォローしているのは小耳に挟んでいたので『早芽』と検索してヒットさせる。  すると多くの呟きがあり、一つ一つ探っていくと……見つけた。 『最近気に入っている銭湯に行けてない。俺の癒しなんだけどな』 『カガリに会いてぇ。会って礼をしたい』 『あと一週間後にメジャーデビューするから忙しくて癒しに行けない』 『――カガリに会いてぇ』 「なんだよ。カガリに会いたいって……。恥ずかしいじゃねぇか」  どこからか湯気を上げて顔を真っ赤にする鏡梨ではあったが、どうにかして双葉を『湯花』に連れて来られないかを考えた。  その時ふと、自分の奥底にあるクローゼットを開けた。花柄のワンピースに黒のヒールブーツに化粧道具。  ――自分が異端であることの証だ。 「よし。これなら平気かもしれない」  パソコンに早芽宛てにコメントを書き込む。もちろん個人の方だ。 『鏡梨から聞きました。銭湯のみんなも早芽さんに会えなくて寂しがっているそうです。――私と会うのを条件にまた顔を見に来てくれませんか?』  すると返信で『じゃああんたの顔を拝んでから来るよ。場所、どうする?』返答が来た。   鏡梨は自分自身が博打する気持ちを抱いてしまった。  
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