《博打》

1/1
前へ
/27ページ
次へ

《博打》

 鏡梨はかなり緊張していた。この作戦がうまくいくかわからないからだ。  とりあえず、ネットで極めた化粧術と腕や足毛や薄い髭を剃り上げて、花柄のワンピースにヒールブーツを履いて鏡を見る。……一応女には見えた。自分の華奢な 体つきにこの時は感謝をした。  二階の窓から伝って降り、目的地まで歩いていく。父の鏡史には『今日は用事があるから手伝えない』そう言ってある。  電車で乗り継ぎ人の視線が気になるものの逸らし続け、付けているマスクの鼻筋を上げて誤魔化す。  ――約束の場所に来てしまった。そわそわとして待ち合わせの駅前で立っていると……双葉が現れた。双葉には服装と顔写真を送っておいた。もちろんマスクでだ。 「――あんたがカガリか」  鏡梨は小さく頷きスマホで文章を打つ。『風邪を引いているから話せない』そう打ち込んでいると、いつの間にか覗き込んでいる双葉は構わないといった様子で「まぁ半分は銭湯に行く予定だからな。でもその前に――」   すると双葉は突然深く頭を下げた。困惑の色を見せる鏡梨に構わずに双葉は言葉を乗せる。 「あんたのおかげで俺の世界が変わった! 夢に見ていたメジャーデビューの夢も実現できた」 「あ……あの……」 「マジで感謝してる。――本当にありがとう」  普段の双葉らしくない態度に鏡梨は高鳴らせた。横柄で冗談ばっかり言ってくるオヤジのしおらしい背中を、これ以上見たくない。  鏡梨はスマホに打ち込んで深く頭を下げている双葉の肩を軽く叩く。視線を向けると『こちらの方こそ、曲を使ってくれてありがとうございました。嬉しかったです!』少し微笑むと、双葉はニヒルに笑う。 「なんだよ~。鏡梨の奴、嘘つきやがって。こんな礼儀正しい嬢ちゃんだったとはな。……しかも美人だし」   双葉の言葉に顔を赤らめて文面を打とうとする鏡梨の腕を引いて「じゃ、デートでもしようぜ」端正でワイルドな顔で告げられて――心が変な気持ちになってしまった。  履きなれないヒールブーツを履いているので歩調がゆっくりになってしまうと、双葉が合わせて歩いてくれた。  ショッピングモールをぶらりとして、服を買ってやろうかと言われたが丁重に断ると喫茶店に連れられた。  双葉はアイスコーヒーを。鏡梨はアイスカフェオレを頼んで双葉の話を傾聴する形で話していく。  普段は乱暴な口を利いてしまう鏡梨ではあったが、女装をしていたのもあってぎこちないがにこやかに微笑んでいることしかできなかった。  それが功を成したらしい。 「あんた、にこにこ笑っている姿が可愛いな。……どっかの誰かさんと大違いだ」  誰かさんとは誰なのだろうと首を傾げていると「お前のマブダチだよ」双葉がふと野獣のように笑う。  鏡梨は少しむっとした。 「お、マブダチのこと言われて気に障ったか。でも本当にそうなんだぜ? あんたのことブスって言うし、あんたなんかよりかな~り暴力的だしよ」  それでもニヒルに笑いながら、おかしそうに笑いながらアイスコーヒーを飲んでいるので、鏡梨は足を蹴り上げて攻撃をした。「痛っ!」なんて言った矢先には、にこやかに微笑んでいる鏡梨がおりしてやったぞというような雰囲気を醸し出している。  双葉も攻撃に差し掛かった。――スマホを用いた攻撃だ。 「今の笑い顔、ゲット!」 「……っえ?」  少し声が出てしまったがパシャリと音が出た時にはすでに遅し。写真を撮られてしまったのだ。――異端な自分の姿を。 「おっとこれだけじゃ寂しいな。俺も写るか」 「まっ、まっ、まっ!!!!」  スマホを開いて『待って!』と打ち込んだ矢先には顔を上げさせられて一緒に写真を撮られてしまう。  髭が近づくほどではないが、柑橘系の香水と長い髪に触れられるほど近づけられて鏡梨は突き飛ばした。どうしてだが火照ってしまう顔が恨めしい。  睨みつけて『そんなに近づかないでください!』文面で打ち込むと野獣はふと笑う。 「まぁそんなケチつけんなよ。あんたの貧相なおっぱいだって、小ぶりな尻だって触ってないしよ」  顔が熱くなって『そんなこと言わないで下さい!』怒るような文面にしつつも、よっこらせと席に着いた双葉には敵わないようだ。 「まぁまぁそんな怒んなって。銭湯行けばいいんだろう?」  すると鏡梨は強く頷いてカフェオレを飲み干した。この変態オヤジから解放されるとなると肩の荷が下りた。  双葉が椅子を引いた。 「じゃあ銭湯にも顔出しに行くか~。よし、行くぞ」  強く頷いて財布から金を取り出そうとする鏡梨を遮り「俺が出すから平気」などと言ってクレジットで払っていた。  借りを作ってしまったなと内心思いつつも歩調に合わせてもらい歩いていく。……途中、ヒールでよろめいてしまい、双葉の身体に触れてしまった。  会釈で謝ると双葉に手を握られて驚いてしまう鏡梨ではあったが「こっちの方が怪我しないぜ?」そう言い包められたからか、どうしてだが赤面した顔をしてしまう。――手を軽く握って繋いだ。  銭湯『湯花』へとたどり着き、鏡梨は双葉と別れようとした。両親に自分が異端な存在だとこれ以上思われたくはないからだ。  不審がられると思われたが双葉は呆気に引き下がって「じゃあ公園で待っていてくれるか?」と言ってくれた。どうして公園にとは思ったが、一応は有難かったので礼を告げて公園へと足を向けたのだ。  ベンチに腰掛けてグレープジュースを飲み、一服する鏡梨ではあったが作詞活動もせねばと思ってスマホでリリックを書き込んでいく。  そして数十分もしないうちに双葉がやってきて「待たせたな」野獣のような色香が漂う視線に鼓動を鳴らしつつも心からも、頭からも離れさせ『じゃあこれで』と打ち込んで帰ろうとした瞬間。――耳元に唇が近づいた。 「お前――鏡梨だろ?」  背中がぞくりとして後ろに目をやると、狩猟の瞳をした男がニヤついていたのだ。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加