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*《敗者》
双葉に告げられた瞬間、鏡梨はとっさに走り出そうとしてよろけてこけそうになるのを……抱き留めてくれたのだ。
これで二回目だ。心臓が跳ねてドクドクしている。――しかしそれは嫌な動悸でもある。
「いや~まさかお前に女装癖があったとはな~。お兄さん、びっくりだ」
これまた精悍な顔つきでニヒルに笑っている双葉から鏡梨は離れようと画策した。だがこの腕っぷしの大男の力には敵うはずもない。
「くそっ、うまくいったと思ったのに……」
「そう簡単に乗せられかよ。――カガリちゃん?」
ニタニタと笑われるので足を踏みつけようとすれば担がれてしまった。そこからゆっくりと歩く双葉に「どこに行くんだよ!」怒鳴りつければ「ホテルに行こうと思う」そう言われて絶望的な気持ちになったのだ。
だが絶望的な気持ちになるのはまだ早い。優雅に担がれながらも鏡梨は対抗するように双葉を罵るように身体を揺する。
「この変態! 馬鹿オヤジ! 死んじまえ!」
「お~それだけ元気なら今夜の相手には良いな」
「さっさと下ろせ!」
「はっ、嫌だな」
バタついているにも関わらずまったくめげもしない野獣に攻撃しようと仕掛けるが「せっかくのパンツ見えてんぞ。……な~んだ、男物か」下から捲られて「この、変態!」なんていう攻防を続けている間に――ホテルへと着いてしまった。
暗然たる路地に待ち受けるネオン街のホテルに入ってしまえば受付に愛想なく鍵を渡されて双葉が器用に取る。
エレベーターへと向かい、入らされて部屋に着く頃には鏡梨は観念でもしていたかのように黙ってしまった。そちらの方が都合が良いと感じたからだ。
扉がガチャリと開いて担がれていた鏡梨は放り投げられる。――スプリングが効いたベッドと淡いピンク色の室内は初めてではなかった。
「なんだよ、急に黙って。そんなに怖いか?」
窓を開けてにたりと余裕ありげに微笑む双葉が恨めしい。だがそれでも鏡梨の方が今度は頭を下げた。
「騙して悪かったよ。いや、騙した……というか、こんな気持ちが悪い格好してさ」
「キモいだなんて言っていないだろう。――可愛いし奇麗だ」
その言葉一つで胸が締め付けられそうになる。どうしてなのかわからない。
ただ、猛獣が確かめるように近づいていき……鏡梨の顔に触れきた。普段であれば跳ねのけられるのに、できない。
どうしてなのか、自分が知りたいぐらいであった。
「なんだよ、殴り飛ばさないのか?」
「うっさい……。そういう気分じゃないんだよ」
「じゃあどういう気分なんだよ、え?」
額に唇を押し付けられて顔がカッと熱くなる。熱を持ってしまう。だがそれでも双葉は額にも、頬にも――唇にもキスをした。
唇からは少し煙草の味がした。しかし触れだけのキスだけではない。驚いて口を開けてしまえば、大きな舌が入り込み蹂躙するのだ。
「ふぅ……んぅ……んぅ……――ふっ……」
「ははっ。可愛い喘ぎだこと」
その言葉で顔を俯かせてしまう鏡梨をよそに双葉はワンピースに付いているリボンをしゅるりと外し、ボタンに手を掛けた。端正な顔立ちに見惚れてしまうのを抑えて顔を背ける鏡梨に「いいな、その顔」なんて双葉が口づけを施す。
「ふわぁ……んぅ……」
呆気ないほど唇を奪われ続ける鏡梨にニヒルに笑い素肌に手を伸ばし滑らせた。「んぅ……っ!」あまりにも感度の良い反応をするので双葉は驚く。初めてとは思えないからだ。
「お前、男を受け入れたの初めてじゃない……のか?」
鏡梨は縦にも振らずにただ快感に苛まれていた。快感が鋭敏になっていく感覚を覚え、虚ろげな視線を落すと――双葉が舌打ちをする。
「なんだよ、こんな奇麗な肌も顔も! 誰かの手に触れられていたのかよ」
淡いつぼみに手が触れる。身体が反射的に跳ねてしまう。自分がいつも自慰をする時によく使う部位だからだ。双葉はさらに舌打ちした。
「この身体は俺のもんじゃねぇのかよ! ここも誰かに仕込まれたのかよ?」
悲痛な叫びとなって襲う獣に委ねられて青年は答えることなく身を捩った。快感に襲えわれて涙を零してしまう。
身体を弄られ、下半身へと誘われるように双葉の手が動く。勃起した鏡梨自身ではなく、狭まった奥にローションで指を挿入されられて……鏡梨の身体が大きく跳ねた。
「そこぉ……だめぇ……」
「なんで駄目なんだ? ――ここは初めてか?」
首を縦に振った。あの人からは奥に求められたことはない。
「なんだ、だったらここだけ……俺がバージンをもらう」
すると指が侵入する感覚を得た。解されているのか、乱されているのかわからぬが自分の息が上がりさらに火照っていく。
「さて、指二本じゃきついから、三本目……」
「ひぃっ……うぅ……きつ、い……」
「馬鹿。そんなに締め付けるな。身体が持たなくなる」
思いっきり締め付けてしまうが悶える鏡梨に双葉は顔をしかめた。そして四本目が入り卑猥な音を奏でて飲み干した後、抜け出すと……目の前には密を垂らした獣があった。
「じゃあ、飲みこんでもらうぜ――っぅ」
「いや、あぅ……うぅ……っう!」
屹立を充てがわられ一気に貫く男の顔はどこか寂しげで、鏡梨は激しい律動のなかで達する前に気絶してしまったのであった。
目が覚めると双葉が睨みながらミネラルウォーターを煽っていた。どうやら自分は射精できたようだが、鏡梨は射精する前に気を失ったのがムカついたらしい。
「俺のテクが良くなかったのか? えっ?」
「良いも悪いも……経験人数少ないからわかんないし」
「それはお前に仕込んだ奴も一緒か?」
鏡梨は押し黙った。「別にそんなのあんたには関係ない」なんて冷たく言い放つ。
「関係があるんだよ。――俺のリリシストとしてはな」
「……はぁ?」
自分がこんなにも素っ頓狂な声が出るのだと思っていると、双葉は意気揚々としていた。
「いや~、お前が眠っている最中にマネージャーに嬢ちゃん……いやカガリと会った写真を送ったら、案外反応が良くてな。じゃあ俺の専属の作曲でリリシストってことになってよ」
「ちょっと待った! なんで俺があんたの専属になる話になってんだ。俺はこれからもフリーで――」
するとスマホの写真を見せつけられた。撮られた自分の間抜け顔だ。双葉がニヒルに笑う。
「マスターに見せても良いんなら、それでも良いけれど?」
「このゲス野郎」と言葉にも出して鏡梨は笑う双葉を睨みつけた。 ――こうして鏡梨は双葉とタッグを組むことになったのだ。
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