盗賊再び

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 寺を出る、と切り出すと、伯央はあからさまに気落ちした表情を見せた。言い出した俺のほうが悪いことをした気分になったほどだ。 「せっかく松茸狩りによさそうな松林を見つけたところなのに……」  暗い表情でボソボソと喋る顔はいつもより数段暗い。 「い、今すぐにってわけじゃない。両足で駆け回れるくらいになったらって意味だ。それなら、まだ先だろう?」 「そうか。……そうだな! じゃあ、お前を背負って松茸を捜しに行こう」  パッ、と目に輝きが戻った。 「今から?」 「秀が出て行くまでに松茸の採り方を教えてもらえたら、お前がいるあいだ、一緒に食べられるだろう? 待ってろ、お前を背負う籠を持ってくるから」  ――なにをするにも一緒と言ってくれるのが伯央のいいところだ。  キュウッと胸が締め付けられる。抱きつきたい、と思ったが伯央は籠を探しに行ってしまった。 「斜面の下から見て、不自然に落ち葉がこんもりした場所を捜すんだ。その中に松茸が生えていることが多い。これだと思う箇所を見つけたら、周りの落ち葉をそうっとかき分けてみてくれ」 「わかった。足の怪我があるから無理するなよ」  二手に別れて、腰に付けた籠に松茸を入れてゆく。はじめは慣れていないせいで、こんもりした落ち葉の下から出てきたものは小さいものばかりだったが、次第に立派な松茸が採れるようになった。 「こんなに採れたって分かったら驚くぞ。おーい、伯央」  座ったまま、大声を出す。  返事がないので、起き上がろうと右足に力を入れると痛みが走った。両足で歩くのはまだ無理そうだ。  ――そんなことを考えていたとき、松茸が焼けた良い匂いが辺りに漂ってきた。小枝が弾けるパチパチという音も聞こえる。 「もう松茸を焼いてるのか、伯央? 気が早いな」  脚を引き摺りながら煙を辿っていくと、そこには、数日前俺を襲った盗賊が薪を囲んでいた。 「お前ら……」  スッと顔から血の気が引いた。一旗揚げようとしていた商売道具を持ち逃げし、さらに俺を犯そうとしていた奴らだ。 「やべっ、見つかっちまった、兄貴、どうしやしょう」  胡座を組んで酒を呷っていた首領が、胡乱(うろん)な目つきで俺を見る。顔は赤く目が血走っていて、相当飲んでいると分かった。 「この前の商人か。お前の持っていた絵合わせ、なかなかの売れ行きだったぜ」  楊枝で歯をほじりながらそんなことを言う。完全に俺を馬鹿にしている。 「ふ、ふざけるな! 金にしたんなら返せ! それにここは照銘寺の土地だ、出て行け!」 「怖いねぇ。そんなにまくし立てるなよ。ここには酒も肴もたっぷりある。村人たちが、照銘山には松茸が生えている、だが神獣白虎がいるというから行けないと噂していた。だから俺達が本当か確かめにきただけだ」 「酒まで持ってか?」 「かたいこと言うなよ、こっちに来て一緒に飲もうぜ。相変わらず女みたいな顔をしてるな、皆で可愛がってやるぜ」  下卑た表情に気付いた時には、手下が俺の手を後ろ手にひねり上げていた。 「やめろ! 伯央っ、助けてくれ!」 「もう寺の坊主をたらし込んだのか。どんな具合なのか俺達にも試させてくれよ」 「離せ……!」  もう一人の手下が背後から首筋をべろり、と舐めた。  酒が入った唾液はひどい臭いで、ナメクジの粘液でもここまで生臭くないだろうと思えるほどだった。 「ひねった足はこっちか?」  右足を蹴られる。なんて卑怯な、と目眩がしそうになったとき。 「ガルル……」という獣のうなり声が聞こえてきた。機嫌が悪い、大型の肉食獣の声だ。 「あ、兄貴。もしかしてこの声、虎じゃねえですか?」  手下の一人が怯えた声を上げた。声のするほうを見ると、山の上に獣の影が見えた。  落ち葉を踏みしめ、ゆっくり優雅に山を下ってくる。 「ひぃっ、に、逃げやしょう!」 「落ち着け、こいつが食べられているあいだに逃げるんだ。走るなよ、そっと歩いて去るんだ」 「へ、へい」  男達が後退りしながら山を降りてゆく。だが置いて行かれた俺に獣は見向きもしなかった。盗賊たちを見逃すまいというかのように虎らしきシルエットが追いかける。あっというまに追いつかれ、噛みつかれた盗賊が次々に悲鳴を上げる。それを笑って見ていられるほどの余裕は俺にはない。恐ろしくて彼らのいる方向を見ることも出来なかった。  ガオォッ、と虎が咆哮した。肩や足から血を流した盗人たちが逃げまどう。 「ガルル……」  虎のうなり声が近づいてくる。  残された俺は、カサカサと落ち葉を踏みしめる虎の足音を聞きながら、汗が首筋を伝ってゆくのを感じ、瞼を瞑った。  虎に喰われるくらいなら、盗賊に殺されるほうがよかった。―それに伯央。一緒に松茸を食べようと誘ってくれたけど、叶わなかったな。だれともしれない未来の嫁に遠慮せず、ちゃんと好きだと伝えればよかった……。  瞼を開けると、目の前には虎がいた。それも普通の虎ではない、白い虎だ。黒い縞模様が入った毛並みは気高く美しいが、口の周りだけが朱色に汚れて恐ろしいほどの迫力だ。 「白虎。神獣だったのか……」  山の守り神に殺されるなら文句は言えない。俺だってこの山の幸を獲ろうとしていたんだから。 「すみません、俺も松茸を採ろうとしていました。どうぞ罰して下さい」  頭を下げると同時に、白虎がゆっくりと近づいてきた。短い人生だったな、と思ったとき。 「罰するってお前をか?」と伯央の声がすぐ近くから聞こえた。 「は、伯央?」  見ると、伯央が白虎と俺のあいだに立ち塞がるように立っていた。 「秀は毎日働いてくれているから寺は助かっている。松茸は俺のほうから一緒に採ろうと誘ったんだ。罰は必要ないよ」 「伯央……」  今度は虎に向かって話しかけた。 「父さん、この人が話していた秀だ。怪我をして以来照銘寺で暮らしてもらっている」  どうなっているんだ。だけど虎は伯央の言葉が分かっているようで、殺気が消えた。おとなしく伯央に頭を撫でさせている。 「父さん?……伯央は白虎の子なのか? 伯央も虎になるのか?」 「そんなにいっぺんに訊かないでくれ。説明が必要だな、近くに白虎の祠があるからひとまずそこで話そう。ほら秀、背中に乗せてもらえ。右脚が痛そうだ」  俺の脇を持ち上げた伯央が、虎の背に乗せ跨がらせる。 「えっ、ちょっと待っ……。わあっ⁉」 「しっかり掴まらないと振り落とされるぞ。すぐに追いつくから祠で待っていろ」 「わわっ」
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