盗賊から助けてくれた男

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「待て! 道を聞いただけなのになぜ逃げる!」  竹林を走る俺を、三人の男が叫びながら追いかけてくる。 「待つわけないだろ、荷物を品定めしながら近寄ってきた奴らなんか。……きっと盗賊だ、早く山を越えなきゃ」  辺りは夕闇が迫ってきている。足元が暗くてよく見えないのが困るが、人が踏み固めた竹林のあいだをひたすら駆け上がる。 「うっ!」  飛び出した竹の根に足を取られ、転んでしまった。足を挫いたようで、痛みで顔が歪む。 「大人しく背負った荷物を渡しな」 「くっ……」  俺は唇を噛みしめ盗賊たちを睨んだ。  都に持っていくつもりだった商売道具を、こんなところで渡すわけにはいかない。助けを呼ぼうにも、ここは街からかなり離れた山間地だ。山に入る時点でひとけはなかった。  荷物を渡してそれで済めばいい。だが下手をすれば殺されるかもしれない。なにしろ相手は三人だ。そんなことを考えているうちに、取り囲まれてしまった。 「そんなひょろひょろした体で俺達に敵うとでも思っていたのか?」  商売道具がみっしり入った荷物を軽々と担いだ子分が、腫れた脚を押さえる俺を見下ろす。 「こいつ、足を庇ってますぜ。俺達の相手をしてもらいましょうか、兄者?」 「そうだな。夜遊びなんて長いことしてないし、この男、女みたいに唇が赤くて肌が白いもんな」  男たちの視線が肌を這い回る。着物の(あわせ)をグイ、と引っ張られた。 「なにを……」 「決まってらぁ。女の代わりになってもらうのさ。四つ這いになって尻をこっちに向けな、言うこと聞いたらひどくはしねぇよ」 「や、やめろ……!」  どうしてこんな目に遭わないといけないんだ。  珍しい新種の絵合わせを手に入れて、都に持って行けばひと財産になると思っていたのに。 「へへ、じきに俺らなしじゃいられなくしてやるよ」  毛むくじゃらの手が(ふところ)に忍んでくる。犯される! と思ったとき、揺らめく光が辺り一帯を照らした。見れば、坂の上から大柄な僧が松明(たいまつ)を持って降りてくる。 「貴様ら、神仏のおわす照銘山(しょうめいざん)で、なにをしている!」  聞くだけで背筋が伸びるような声が、シンとした山中に響き渡る。 「なんだ寺の坊主か。寺の中じゃないんだ、見逃してくれよ」 「この山自体が神聖なのだ。そこで盗みをはたらき無抵抗の者を犯そうとするなど許しがたい。……ぐだぐだ言わずに即刻立ち去れ!」  そう言うと、松明(たいまつ)を振り回しながら盗賊三人へと突っ込んでいった。 「やっ、やめてくれ! 逃げろ、変な坊主に殺されるぞ……!」  そう叫びながら盗賊たちは我先にと来た山道を降りていった。 「大丈夫か、あんた? 寺まで担ぐぞ」 「ありがとう、助かった……」  大柄な僧は髪を後ろで束ねているようだ。剃髪じゃないんだ、と思いながら背負われる。俺の商売道具は持ち去られてしまったが、命があるだけでもありがたい。あと貞操も、と心の中で付け足す。 「もうすぐ寺だ、頑張れ」  足を腰骨にかけると張りのある太腿にあたった。筋肉質なのだろう、いくら運動をしても筋肉が付かない俺からすれば羨ましいくらいだ。 「すまない、恩に着る」  寺まで少し距離があるようだ。揺られるあいだの振動が心地良く、ずっと気を張っていたのでホッとした。瓦葺きの屋根が見えたところで意識が靄に消えていった。
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