盗賊から助けてくれた男

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「ん……」  味噌汁の香りで目が覚めた。  足は痛むが、ひやりとした膏薬を塗られているせいか、挫いたときほどの痛みはない。質のいい綿が入った布団に寝かされている。寺の中だろう、障子や襖に囲まれた板張りの部屋だ。 「気が付いたか。右足首がひどく腫れている。痛いだろう」 「昨日より痛みはましになっています。薬を貼ってくれてありがとうございます、お坊様」  頭を下げると、「僧に見えるか、俺は?」と悪戯っぽく笑われた。 「ええ。藍の着物を召して神仏を祀ってらっしゃるからそうだとばかり。……違うのですか?」 「父の代から寺社とこの山の管理を任されているが、俺は御仏(みほとけ)の修行はまるきりしていない。さっき盗人たちに言ったのも、親父の受け売りなだけだ」  証拠に頭も丸めていないだろう? と背中を見せた。首の根元で束ねた髪は、肩をすぎて手のひら一個分ほど伸びている。 「そうなんですか。勘違いしてしまって……」 「気にしないでくれ、寺に住んでいるのに坊主じゃないほうが変わっているんだから。それに、その堅苦しい話し方も普通にしてくれないか。きっと年も同じくらいだ」 「そ、そう……かも。俺は秀でると書いてシュウ、十九歳だ。南の小さな村から商売で稼ごうと北の都に行こうとしていた」 「俺は伯央(はくおう)。この寺は神獣白虎(びゃっこ)と御仏を祀っている。麓の村から、週に何回か食料が運ばれてくるから、食べ物には困らない。怪我が治るまでこの寺でゆっくりしてくれ」  スッと差し出された手は俺より数段大きく、ゴツゴツしている。同い年とは思えないほど筋肉が付いているし、背も高い。伯央の手を握ると、硬くて乾いていた。よく働いている人の手だ。管理人だというから、毎日山の草木を刈り取っているのだろう。楽な商売人を選んだ俺より、しっかりした生き方だと思った。 「ありがとう、伯央」  その日朝食を終える頃、伯央が薬を持ってきた。 「村人がくれた膏薬だ。打ち身や炎症にはこれを使っている」 「じ、自分で塗るよ」 「遠慮するな。体を曲げると、脚に響くだろう」  そう言って薬を塗った上に大きな葉を貼りつけてくれた。冷たくて気持ちいい。  伯央の足元を見ると、編み上げた草履はずいぶんくたびれていて、泥が付いていた。 「昨夜よりは楽だ。でも長くは歩けそうにない」 「そうか。骨は折れてないようだがひねり方がおかしかったんだろう。こんな山奥には医者も来ないからな」  二人して足首を眺めていると、伯央がポツリと口に出した。 「不思議だな、女みたいだと盗賊が言ってただけある。怪我で痛そうにしてるさまがえらく色っぽい。俺が本物の僧でなくてよかったな、男色家が多いと聞くだろう、きっと僧正様に喰われたに違いない」 「はは、なに言ってるんだ? それよりすまない、しばらく世話になる」  動けないし金もない、礼ができないと項垂れていると、ポンと肩を叩かれた。 「気にするな。村人は貢ぎ物を渡すとすぐに帰ってしまうから、話し相手が出来て嬉しいくらいだ。白虎の祠に行ってくる。遠いからここにいろ」
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