盗賊から助けてくれた男

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 手を振って出て行く伯央の草履(ぞうり)は、やはり汚れたままだ。視線をずらすと、食堂の竈の脇に、火を点けるための藁や薪が積まれているのが目に入った。 「そうだ、藁で履き物を編もう。伯央が帰ってきたらきっと驚くぞ。料理もやってみたいが、勝手に台所を使うといけないかもしれない。帰ったら訊いてみよう」  藁を撚り合わせ、一本の太い糸を作り編んでゆく。子供の頃にやっただけだから不格好で時間がかかったが、段々形になってゆく。日が傾く頃には仕上がっていた。 「ただいま。……秀、どうしたんだ? 土間が藁だらけだ」 「草履を編んでたんだ。伯央の履き物、くたびれているからどうかと思って」  ざっくりした編み方にもほどがある草履を差し出すと、「俺に?」と目尻に皺を寄せて笑った。 「ありがとう。村の人は食べ物だけで、なかなか衣服まで気を回してくれないんだ。神仏には必要ないからかもしれないけど。ん、ちょっと大きいけど履き心地がいい」  もう俺の編んだ草履に履き替え、地面を何度か踏んでいた。 「柔らかいな、編み立てって気持ちがいい」 「そんなに喜んでもらえるなら、いくらでも編むよ。伯央は命の恩人だし」 「よし、今晩は奮発して鹿肉を焼こう! (ほこら)に行ったあと獲ったんだ。好きなだけ食べられるぞ」 「それなら、やってみたい肉料理があるんだ。醤油で味付けしたあと小麦の粉をまぶして、油で揚げるんだ。作っていいか?」 「頼む、秀。俺はあまり凝った料理が出来なくてな」 「まかせろ。……そうだ、もう秋だろう? この山では松茸は採れないのか?」 「マツタケ? なんだそれは」 「すごくいい匂いのする(きのこ)だ。松の樹の根元に生えてることが多くて、高価で取引される。なにより香りを楽しみながら食べると美味いんだ」 「へぇ……。背負ってやるから今度一緒に松林に行こう。どの茸か教えてくれ」 「ああ」  出来上がった料理はわれながら極上で、はちきれそうな腹で眠りについたのだった。  次の日から、俺は飯作りを担当することにした。掃除や洗濯もしたかったが、いかんせん片脚を挫いているので、休み休みできる炊事くらいしかできないのだ。  伯央が白虎の祠に行ったり、狩りで留守になったりするとき、夕方に帰ることが多い。それまでに下ごしらえを済ませ、米を炊いて待つのが常になった。  そんな日が三日ほど続いたとき、帰ってきた伯央に飯をよそうと、笑いを堪えるような顔になった。 「……妙な感じだ。父が死んでからずっと一人だったのに、だれかが待っていてくれるなんて」 「居候だからな。世話になってるんだからこれくらいしないと。ほら、鹿肉を味噌漬けにしたんだ。飯に合うぞ」  コトリと椀によそうと、伯央が言った。 「いや……、居候っていうより、嫁が来たみたいだ。可愛くて働き者の」 「え……っ」  見ると、照れるのか伯央は俯いたままで飯をかき込んでいる。耳が真っ赤だった。 「いやですよ旦那さん、俺は男ですよォ」  あはは、と笑い飛ばしたあと、しなを作ると、伯央が照れ笑いをした。その瞳がやけに潤んで優しいことに気付いてしまった。 「そうだったな。秀といると居心地がいいから、つい勘違いしてしまいそうになる」 「伯央……。 ほ、ほら野菜が残ってるぞ、せっかく作ったんだから食べてくれ」  そのあとは、食べ物の話題を選ぶようにした。だが伯央と別れて自分の部屋に入ってから、急に顔が熱くなった。  ――さっきの嫁発言はなんだったんだ⁉  伯央は俺を好きなのか? ずっとここにいていいのか? 俺も好きだっていうべきだったのか……?  そこまで考えて、ハァと大きなため息をつく。  俺はもうとっくに伯央が好きだ。  初めて会ったときに俺を守ってくれたし、背負われた体に男らしさを感じた。俺のことを色っぽいと言っていたが、盗賊みたいに無理矢理体を要求しない。優しく接してくれて、客人として尊重してくれる。いい奴だ。  ふと足首に手をあてる。腫れも最初からするとかなり引いてきた。完治とはいえないが、どこかで野宿でもしながら過ごせば半月くらいで治るだろう。 「二、三日したらここを出よう。寺の跡継ぎには本物の嫁を迎えて貰わないとな」
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