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「……久しぶり」
聡史と三日間も離れていたことなんて、いつぶりだろか。
隣にぬくもりのないベッドは、とてつもなく寂しかった。不安になった。
何度も何度も、聡史がいなくなる夢を見た。聡史を追いかけて、追いかけて、追いかけて、それでも手からすり抜けてどこかに行ってしまう聡史の夢を何度も見た。
だから、ひとまずほっとした。聡史がここにいることに。
ただ、最初、目の前の人物が誰かわからなかった。
聡史の風貌を見て、驚いた。
聡史の見た目はやつれていた。目は虚ろで、絶望を通り越し、虚無状態になっているように見えた。
三日間、行方不明になっていたとは思えない。数十年、山籠もりをしていた、という説明の方がしっくりくる。
「上がってもいい?」
「……自分の家でしょ」
その言葉に、聡史は痛々しい表情を見せた。
「お邪魔します」
そして、わたしの言葉を無視した。
聡史は自分の荷物の整理を始めた。といっても、ほとんど自分が用意したゴミ袋の中へと突っ込んでいくばかりだった。
まるで遺品整理のようだった。
自分の生きた痕跡を消していくかのような作業だった。
だから、わたしはその手をそっと止めた。聡史がそれを咎めるようなことはなかった。
その直後に、一通の封筒を見せたからだ。
「……自宅には届かないように、してたはずなのに」
聡史は泣き出しそうな程、表情を崩した。
「……知ったんだよね。封が空いてるってことは」
首肯する。そして、これこそが聡史が失踪した理由だった。
この封筒には、ある検診の結果が入っていた。
聡史は非閉塞性無精子症だった。
早い話が、普通に体を重ねるだけでは、子供ができ辛いということだ。
わたしたちは子供が欲しいと常々話していた。そして、その想いはわたしの方がより強かった。
それが聡史を追い詰めてしまった、ということなのだろう。
「ねえ、聡史」
「……何?」
「殴っていい?」
「……は?」
聡史の目が点になるや否や、わたしは腕を大きく振り上げた。それを聡史を目がけて振り下ろす。
聡史は反射的に目を強く瞑った。逃げることもできただろうが、それをしなかったのは聡史のせめてもの償いの気持ちなのだろう。
……全く、馬鹿なんだから。
わたしは振り下ろした腕の勢いを殺した。
そして、聡史を抱きしめた。
「……望みはある。諦めなければね」
そう、望みはある。非閉塞性無精子症だったとしても、精子が完全にないというわけではないらしい。体の機能上、一定程度精子が作られないと、体外に排出されないそうだ。つまり、体外に排出されないだけで、体の中に精子はある可能性がある、ということだ。
封筒には、その旨が記載されていた。どうやら、聡史は診断の結果を受け、ショックのあまり飛び出してしまったらしく、詳しい説明をまるで聞いていなかった。
封筒が届いたのは、それを伝えるため。電話等での連絡が付かなかったので、やむを得ず、郵便で発送したのだろう。
その説明を聞くなり、聡史は崩れ落ちた。
「俺、俺、俺……ッ!」
「何も言わなくていいよ。聡史の気持ちはわかるから」
聡史は顔を床に突っ伏したまま、大声で泣き始めた。
愛おしいな、と思った。
聡史は、自分自身のせいで子供ができない可能性を知り、わたしから離れようとした。
きっとそれは優しさだ。子供が欲しいわたしへの、優しさだ。
自分がいなくなれば、わたしが他の誰かとまた恋に落ちる。そうすれば、わたしの想いは成就されるから。
ほんと、馬鹿だ……。
その考えは、間違いなんだよ。
わたしは内心で聡史に声をかける。
わたしが欲しいのは、聡史との子供だよ。他の誰かじゃ、嫌。聡史との子供が、欲しいの。
ひとしきり泣いた聡史は、わたしに対し、謝罪の言葉をとにかく重ねた。けれど、わたしにはいらない言葉だった。もしも立場が反対だったとしたら、わたしも同じことをしていただろうから。
「ねえ、聡史」
わたしは聡史に問いかける。
「一緒に頑張ってくれる?」
わたしが差し出した手を、聡史はぽかんとした表情で見つめた。
しばらくそうした後、聡史は両手でわたしの手を握った。そして、またわんわんと子供のように泣きじゃくった。
わたしたちは、早速、その足で聡史が検診をしたクリニックへと向かうことにした。
まずは詳しい検査結果を聞かなければ、何をすればいいのかわからないから。
その道中、わたしは聡史に言葉をかけた。
「……ねえ、もしも、子供ができなかったとしても、もう、いなくなったりしないでね」
「わたしが一番欲しいのは、子供じゃない。聡史のぬくもりなんだから」
聡史がいなかった三日間で、わたしはそれを強く感じた。わたしはこの人といたい。この人と一生を過ごしたい。そう、確信した。
その言葉に、聡史は照れ臭そうに笑った。
そして約束してくれた。
「もう、いなくならない。どんなことがあっても、明日香を絶対に守り抜くって約束する」
聡史の力強い言葉と表情だった。
わたしはそれがうれしすぎて、聡史に思い切り抱き着いた。
~FIN~
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