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「ねえ、なんで逃げるの?」
僕に銃口を向ける少女はひどく嬉しそうに笑った。昨日までの陽の光が差すような笑みは幻だったのだろうか。今はその笑みを受け入れられない。
思考がまとまらぬうちに廃校内を走る。少女の射線を遮るように角を曲がるが、少女が追いかけてくる様子はない。
「ねえ、どうして、置いていくの?」
親のいない僕たちにとってそれはとても辛いものであった。だが銃を向けられてはどうしようもない。
廃校内には黒い影の魔もうじゃうじゃいる。少女を置いてこの場を去るしか道はないのだ。
逃げる彼の背を唖然と見つめる。彼が見たがっていた“花”を見つけたのになぜ逃げるのか。どうして。
「ねえ、どうして、置いていくの?」
泣いてはいけない。しかし手に力を決めてしまえば“花”が潰れてしまう。今にも溢れそうな涙をこらえながら、なんとか笑顔をつくる。
「お花、見つけたよ。」
彼が、曲がった角から目を丸くして顔を出す。彼に“花”を見せるために近づくが、今度はその場に座り込んで動かなかった。
「どーぞ!」
次に目に飛び込んだのは、どろどろの赤絵の具だった。
差し出した手の内にあった“花”がガタンと音を立てて落ちる。いつの間にか銃に成り代わっていた“それ”を頭で処理しきれない。自分がどこか遠くにいる気がして、体が動かない。赤から目を離すことができないのに、それが何かを認識するのを拒絶している。
溢れてきた涙すら気に留めず、立ち尽くす私の足元で影がもぞりと動いて消えた。
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