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18 お飾りの妻
侍女たちはソワソワとしていた。
何を隠そう今日は結婚式当日。
無事に神父の前で指輪の交換と誓いのキスを済ませたセオドアとデイジーが何故か控え室から出て来ない。
そもそも新婦のお色直しに何故新郎が同席するのかという疑問が三人にはあったが「衣装を替えるのを手伝いたいのよ」とデイジーに言われては、それ以上問い詰めることも出来なかった。
とにかく、ここのところセオドアはまた人が変わったかのようにデイジーに対して過保護になっている。突き放すように距離を取っていたのは何だったのか、それは王宮で働く使用人たちの間で未だに不思議がられているようだ。
もう一度ノックをしようかとバーバラが扉に近付いたタイミングで、勢い良く開いたドアの向こうから二人が姿を現した。
「デイジー、頼むからドレスの丈を長くしてくれ!」
「お馬鹿さんねぇ、セオドア。このドレスはショート丈だから可愛いのよ。それに貴方の意見を取り入れていたら私は全部が全部時代遅れみたいなドレスになっちゃうわ」
「しかし今日は君の友人のルートヴィヒくんや俺の友人たち、果ては他国の王子も来ている。その白い素足が他人の目に晒されると思うと落ち着かない……!」
「大丈夫よ。さっき愛を誓ったばかりじゃない」
「君は奔放だから、いつの間にか他所の木で羽を休めているんじゃないかと心配になる」
「セオドア、貴方ったら可愛いこと言うわね」
そう言ってデイジーは夫の鼻をツンとつついた。
部屋の外で待っていた侍女たち、そして腕時計を睨みながら今か今かと二人の登場を願っていた執事長のジャイロは、自分たちが観葉植物になったような感覚に襲われた。それぐらい、目の前では二人の世界が展開されていたのだ。
壁際に並ぶオーディエンスのことなど気にも止めずに、二人は腕を組んで颯爽と招待客たちが待つ教会の外へと歩いて行く。途中でデイジーの友人であるコリンが声を掛けたが、話に夢中の彼女は気付かなかったようだった。
美しい新婦が再び人目に晒される前に、セオドアはデイジーの腰を抱き寄せて熱い口付けを落とす。
それを間近で目撃した王妃は、食べていたオリーブの実を危うく喉に詰まらせそうになった。あの仕事人間で感情の起伏の少ない息子が、外野の視線を憚らずに妻にキスしたのだ。
「デイジー、これからも永く一緒に居てほしい」
「あらあら?そんなことを言っても良いの?」
真っ直ぐなセオドアの視線を受け止めてデイジーは笑う。
花のような笑顔はまた夫の心をぐらりと揺すった。
「私はお飾りの妻よ。ただの装飾品でしょう?」
「………参ったな、今更そんなこと言うなんて」
「言われた方はずっと覚えているものなのよ」
「君が装飾品だったら、俺は朝晩君の前で跪いて愛を乞うよ。何処へでも連れて行って、皆に自慢する」
「昔の貴方が聞いたら失神しそうね」
クスクス笑うデイジーを見て、セオドアは顔を赤らめた。
そんな二人の様子を見た令嬢たちは、何人かが目眩を覚えて、何人かは新しいカップリングの誕生に胸を高鳴らせた。式が終わった後、早速尊い推しの姿を記憶から描き起こす猛者も居たと言うが、当の二人は知る由もない。
「セオドア、愛してるわ。貴方が自分を律する分だけ、私は貴方を甘やかせてあげる。これは挑戦状よ」
「それは結果が見えてるな……俺は君に敵わない」
ただ一人の最愛しか映さない青い瞳が細められる。
周囲の祝福の中、若い夫婦は何度目かのキスを交わした。
End.
◆ごあいさつ
ご愛読ありがとうございました。
短編練習キャンペーンを個人的に開催中でして(長編は途中で何を書いてるか分からなくなるので)、こちらは第一作目となります。
短編のイメージは三万字程度なんですが、どうなんでしょうか。誰かに気に入っていただけたなら嬉しいです。
ではでは。
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