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03 水と油
国王と王妃、その息子である王太子セオドアと新しく迎え入れられた婚約者デイジーが揃っての初めての夕食。
料理人たちは腕によりを掛けて数々の品を準備した。肉を焼く際は普段の数倍火入れに気を付けて、デザートだって祝いの場に相応しい特別なものを用意した。
「っはっは、セオドアもとうとう結婚か!」
「来週にでも式を挙げるつもりです」
「えっ、来週ですって?」
父と談笑する息子の姿を見て、王妃はギョッとする。
少なくとも二年は婚約者として過ごすのではないかと思っていただけに、ことを早急に進めようとするセオドアの考えにただただ驚いた。
「式場も押さえていないのに?指輪は?」
「婚約指輪がありますから。それに式は王宮に隣接する教会でパスコ牧師に頼もうと考えています」
「ちょっと待ちなさい、セオドア!婚約と結婚は意味が違うのよ。お金のない平民ならともかく、貴方は王族なのだから、そんなずさんな対応は止して……」
「何か問題がありますか?」
キョトンとした顔でセオドアが尋ねる。
王妃は助けを求めるように国王を見た。
「貴方からも何か……」
「まぁ、良いではないか!」
「なっ……!?」
「二人が望むように進めれば良い。指輪になんか何の意味もないんだ。相手の令嬢が望むものを買い与えてやれ」
「そういう問題ではないわよ!」
王妃の叫びも虚しく、会話を続ける三人の前にデイジーが登場した。顔合わせの時とは異なる淡いミントグリーンのドレスに着替えた姿を見て、使用人たちは少し不思議そうな顔をする。
侍女たちもまた同様に、朝方とは違う格好をしていた。
「おお、デイジー!お城の暮らしはどうだい?」
馴れ馴れしく息子の婚約者に近付く夫を見て、王妃は目を回す。国王がこの調子だから、大切な一人息子が面白みのない仕事人間になったのではないかと疑っていた。
国王ピョートルは実のところ賢王とは言えない。
王の器では無かった、といえばそれまでなのだが、この何処か抜けた国王はつい最近政治を任せていた大臣に裏切られて、莫大な額を横領された。
それを聞いた息子が一大奮起して国政に取り組み出したのは良いものの、問題は彼がバカ真面目にのめり込んでしまうところにある。
議会への参加を手始めに、セオドアは国王が受け持っていた以上の執務に参画するようになった。王国内に貧困層が集まる地域があれば、治安の調査を命じて内情がどうなっているかを調べ上げた。
西に悪行を働く貴族があれば徹底的に尋問し、古くから続くいくつかの貴族は爵位を失ったらしい。昼過ぎの報告会はいつも議員たちのうたた寝タイムだったが、セオドアの鉄槌が飛ぶので、最近では皆背筋を伸ばして聞いている。
そんな彼が選んだ婚約者に、王妃は興味があった。
「はい。関心をそそられるものが多くて、何もかもとても刺激的です。中でもお庭が気に入りました」
「ほうほう!庭は屋外で茶会をする時に使うと良い。景色が良いからねぇ」
「ええ、是非ともそうさせていただきます」
手を組んでにっこりと微笑むデイジーの指先を、なにやらセオドアが熱心に見つめている。王妃はどうしてか嫌な予感がした。
「手先が汚い」
「え?」
驚いた様子でデイジーが自分の手を見つめる。
セオドアは小さな彼女の手を掴んだ。
「見ろ、爪に泥が付着している。どうしてだ?」
「あぁ!なるほど、これは土いじりしたからですね」
「土いじり……?」
「アイリスの球根を植えたんです。今から植えたらきっと夏には花が咲くでしょう。庭師のピボットさんはとても親切な方ですね」
楽しい時間でした、と言ってデイジーは笑う。
セオドアはゼンマイが切れたロボットのように暫しの間動きを停止した。国王もまた、ビックリした顔をしてデイジーを見ている。
「君は……素手で土を触ったのか?」
「はい。土が良いのか、丸々と太った芋虫さんたちを三匹ほど発見しました。殿下は虫はお好きですか?」
「いや、好きでも嫌いでもないが…」
「では今度一緒にトマトの苗を植えましょう!きっと殿下と一緒に植えたら楽しいはずです」
嬉しそうに話し続ける前で、王妃はセオドアが静かに双眼を閉じるのを見た。
数秒間の沈黙の後、青いガラス玉のような瞳が婚約者に向けられる。それはいつも通りのセオドアの顔で、先ほどまでの困惑した表情はもう消え失せていた。
「断る。土には雑菌が多いし、そんな時間はない」
「左様ですか……残念ですね」
肩を竦めてデイジーはしょぼんと項垂れた。
水と油以上に相容れない関係。
王妃が初日に抱いた二人の印象はそんな感じ。
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