エイプリルフールの悲劇

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エイプリルフールの悲劇

 石田と西山は旅の途中、とある村に立ち寄った。それは高次の文化を持つ民族が暮らす村。名も知れぬ村とは思えないほど、立派な家々が連なっていた。  代わり映えしない日常に飽き飽きした二人。そんな日々から抜け出そうと、西山は石田を旅に誘った。その旅は無謀とも呼べるものだった。生きているのが奇跡――そんな険しい旅だったが、二人はそこに生の実感を求めた。  もう何度目だろうか。ちょうど食料が尽きかけていたところ、転がり込むように身を寄せたこの村。ボロ雑巾のような二人を見兼ねた村民に手を差し伸べられ、なんとか飢えを凌ぐことができた。ありがたいことに、寝床まで用意してくれるという。なんとも至れり尽くせりの待遇だ。  案内されたのは小ぶりな平屋。村民たちのおもてなしにより、すっかり空腹を満たした二人は、ベッドに横たわり、天井を見つめていた。 「なぁ、石田」 「ん?」 「俺さぁ、この村の噂を知ってるんだよね」 「噂? なんだか穏やかじゃないね。いったいどんな噂なんだ?」 「聞きたい?」  そう言うと西山はベッドから身体を起こし、語りはじめた。  その昔、Nという旅人がこの村を訪れたそうだ。なにやらこの村にはある掟があった。それは――絶対に嘘をついてはならない――古くからこの村に定められた掟だった。  大人も子供も関係ない。政治家だろうが教師だろうが嘘はご法度。家族間や友人間でも、一切の嘘は許されなかった。だから、村は清廉潔白に包まれていた。  そんな清きこの村には、年に一度の祭りがあった。それは四月の一日、エイプリルフール。一年で唯一、嘘をついていい日だ。それだけじゃない。むしろ嘘だけが許される。つまりは、本当のことを言っちゃいけない日なんだ。変わってるだろ? そんな祭りの日に、Nはこの村を訪れたそうなんだ。 「俺は世界で一番の天才なんだぜ!」 「俺の妻は、世界で一番の美女なんだ」 「昨日、俺はギャンブルで巨万の富を得たぜ」  村の者たちは、まるで日頃の聖人っぷりを脱ぎ捨てるように、悪びれることなく嘘を言い合う。祭りで浮かれる村民たちは、ふらっと訪ねた旅人のNを快く迎え入れ、宴をはじめたのさ。そこで村民の一人がNに言った。 「なぁ、せっかくだから、Nもでっかい嘘をついてみろよ!」  すっかり酩酊していたNは気が大きくなり、「よし、任せろ!」と強く胸を叩いてみせた。  Nは大きく息を吸い込むと、大声で叫んだ。 「この村を統治する王は、裸だ! 裸の王様なんだぞ!」  Nの雄叫びは村に響き渡った。するとどうだろう。さっきまでの賑わいがまるで嘘のように、辺りが一瞬にして静まり返った。  村民たちは一斉に口をつぐみ、重い影をその表情に落とした。  やがてNの耳に聞こえてきたのは、遠くで鳴る警笛の音。不吉な予感をさせる警笛だ。その音はみるみる大きくなり、Nのいる家へと迫ってきた。 「旅人よ! 出てこい!」  Nは慌てて視線を泳がせた。だが、誰ひとり目を合わそうとする者はいない。気づくと家主だけが、ばつが悪そうに玄関先を指さしていた。  世話になった村民たちに迷惑をかけるわけにはいかない。観念したNは、おずおずと家から出た。するとそこには、村を統治しているのであろう王様と思しき男が立っていた。なんと、素っ裸の王様が。 「今日は何の日か知ってるか?」  Nは恐怖に怯え、声が出ない。 「ふん。答えられぬか。では教えてやろう。今日はエイプリルフールだ! 決して真実を言ってはならぬ日。掟を破ったお前を、この村から生きて帰すわけにはいかない」  裸の王様はそう叫ぶと、背後に立つ兵士たちに命じた。 「この者を捉え、死刑にせよ!」  兵士たちは王様の命令に従い、俊敏な動きでNを捕らえた。赤ん坊のように手足をバタつかせ喚くN。その様子を満足そうに眺める王様はNに言った。 「もう一度聞こう。今日は何の日だ?」 「エイプリルフールです!」Nは必死の形相で答える。 「と、いうことは?」 「ま、まさか……これも全部、嘘ということですか?!」  王様はニヤリと笑った。  その笑みを見て安堵したN。ボロボロと涙をこぼしながら胸を撫で下ろした。頼りなく膝から崩れ落ちたNに王様は言った。 「旅人よ!」 「はいっ!」 「時計を見給え」  王様はNの腕を指さした。  Nは迷うことなく、自身の腕時計に目をやった。 「わかるな?」  短針も長針も十二時を越し、いつしか日付が変わっていた。つまりは、エイプリルフールの翌日になっていたのだ。 「兵士たちよ! こやつを連れて行き、死刑に処せ!」  嘘が許される唯一の日を終えたこの村には、Nの悲痛な叫びが響き渡ったそうだ。 「と、まぁ、そんな噂があってねぇ」  西山は目を輝かせた。 「噂だろ……」 「まぁな。あくまで噂さ。ただ、この噂には続きがあって――」 「まだ続くのかよ?!」 「まぁ聞けよ。どうにもこの噂を耳にした人間は、この村から――」 「生きて出られない……なんて不吉なことは言わないでくれよ」 「おみごと! 正解さ」  石田は大げさにため息をつくと、冗談混じりに睨んでみせた。 「そうか。偶然にも今日は四月の一日。エイプリルフールだ。巧妙な作り話で俺を怖がらせようったって、そうはいかないぜ」 「ははは。バレたか」  悪童のように肩を震わせ笑う旅の相棒を、石田は苦笑いで軽く小突いた。 「なぁ石田」 「ん?」 「時計を見てみろよ」 「時計?」  石田は自身の腕時計に目をやった。 「――まさか!?」  短針も長針も十二時を越し、いつしか日付が変わっていた。  青ざめた様子の石田。愕然としたまま、西山へと目を移した。そこには、どこか申し訳なさそうに、視線を泳がせる西山がいた。  やがて石田の耳には、遠くで鳴る警笛の音が。それはどんどんと近づき、石田のいる家を取り囲んだ。  家の外からは旅人を呼ぶ野太い声。 「久しぶりだなN。いや、西山よ。約束通り、生贄を連れてきたようだな。晴れて放免の身としてやろう」  こわごわと窓から外を覗く石田。そこには一糸まとわぬ小太りの男が、大勢の兵士を連れて立っていた。
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