徒花(あだばな)・・散る

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徒花(あだばな)・・散る

 春とは言ってもまだ寒さの残るある日。  「あの二人・・また稽古か。」  「出来ているんじゃないか・・・お兄様・・・とか言いながら。」  菊池主水の介(きくちもんどのすけ)と相良市之丞(さがらいちのじよう)は、御庭廻組、一番隊の詰め所の庭で熱心に稽古をする、鬼木元治(おにきもとはる)と国立京ノ介(くにたちきようのすけ)の姿を濡れ縁の端から見下ろしていた。  「気にするな京ノ介。」  縁先にちらっと目をやった京ノ介に元治は声を掛けた。  「私も混ぜて貰おうかな。」  そこに今は一番隊の副長を務める奥村左内(おくむらさない)が現れた。その後ろには自身等の総帥である前村兵部ノ尉教貫(まえむらひようぶのじようのりつら)の側用人を務める木村一八兼定(きむらいつぱちかねさだ)までが現れたため、二人は頓所の奥に引っ込んでいった。  鬼若の変があって以来、この四人は度々(たびたび)集まっては稽古をしていた。  御所の奥では近衛組の総帥、斉藤蔵人長光(さいとうくらんどながみつ)と国立清右衛門(くにたちせいえもん)も稽古を続けているらしい。  この屯所には護皇隊と一番隊の長を兼ねる中御門経衡(なかみかどつねひら)もたまに訪れ、視察をしていた。  「主水の介、奥に行こうや。」  居たたまれなくなった市之丞は菊池主水の介を誘って、火鉢が置いてある奥の部屋に入っていった。  「奴等もご苦労なことだ。」  火鉢に手をかざしながら、市之丞が話し始めた。  「ご苦労と言えば二番隊・・・  俺はあっちでなくてよかったぞ。」  すぐに主水の介が言葉を返した。  「ああ、九州くんだりまでらしいな・・・いつ帰って来られるのやら・・」  「しかも、自分等の親分だった奴をとっ捕まえる旅だそうじゃないか。」  「京見廻組も大挙して送られたって言うじゃないか安藤宗重(あんどうむねしげ)もご苦労なことだよ。」  ぬくぬくとした部屋での二人の会話は終わることを知らなかった。  「今日はその方等に頼みがある。」  中御門経衡は久々に一番隊の頓所を訪れていた。  座敷の上座に経衡が座り、その横に奥村左内、その目の前に一番隊の隊員が勢揃いしていた。  勢揃いとは言っても村田善六と大井彦正を亡くし、隊員は僅かに四人に減っている。  「ここの隊員も減った・・・それに、前村殿から矢の催促があってな・・・  また、麻呂の片腕である左内は護皇隊に引き取る。  つまり人が要る。  それを捜すのを手伝って貰いたい。」  「人探しですかい・・・」  市之丞がつまらなそうに言った。  「その方、経衡様の言葉を何と聞く。」  不遜な態度に、奥村左内は片膝を立てた。  「おや、斬る気ですか・・・まあ、拙者一人ではあなたには勝てますまいが、主水の介も一緒ではどうですかな。」  市之丞はニヤリと笑った。  「我等も手練れと言われた者・・・それが二人であれば・・・フッフッフッフッ・・・」  市之丞は今度は声を上げて不敵に笑い、刀の柄に手を掛けようとした。  その手を鬼木元治の手刀がバシッと打った。  「俺が副長と一緒に戦ってもか。」  元治が市之丞の目を睨み、市之丞は主水の介を見たが、彼はそっぽを向いた。  「よいよい、血の気が多いのはよいことでおじゃる。  そこで、その方等二人に言いつけることがある。  巷で人を探し、ここに連れて来る。それを鬼木元治が品定めをする。」  「お待ちください・・その任は受けかねます。」  「いやか・・・  では京ノ介はどうじゃ。」  「私はまだ若こうございます。  とても人の選定などは・・・」  京ノ介は深々と頭を下げた。  「では、左内しかおらぬか・・・それでは、木村一八の力も借りながら、その腕を確かめてくれぬか・・・前村殿も人を所望いたしておる故、協力してくれよう。」  「大変でございます。」  そこに名前が出ていた木村一八が駆け込んできた。  「何事じゃな。」  経衡は鷹揚に言った。  「和子様がお亡くなりになりました。」  「和子様とは・・・」  御台様がお産みになった和子様でございます。」  なんと・・・経衡は絶句した。  「御台様は何ものかの呪詛であると称し、産褥の床から御庭廻組にも参集を命じました。」  「左内、付いて参れ。  一番隊はこの屯所から御所内の詰め所へ。」  義衡すぐに立ち上がり駆けだした。  「御庭廻組でおじゃる。」  経衡は重臣達が集まる中をズンズンと先へと進み、左内は恐縮したように背を丸めてその後に続いた。  「呪詛とか。」  経衡は立ったまま将軍義政に質した。  「御台も母堂もそう申しておる。」  「では、誰の。」  経衡は畳み掛けた。  「お今・・・」  義政は震える声で言った。  今参局(いままいりのつぼね)  通称、お今・・・世の中ではその専横から烏丸資任(からすますけとう)、有馬元家(ありまもといえ)と共に三魔と呼ばれていた。  そんな女が呪詛の疑いで捕らえられた。  呪詛とは鬼の業(わざ)・・・御台、日野富子は義政にそう訴えた。  その言に鬼若の件の恐怖が義政の頭をよぎった。  「皆を呼び戻せ。」  その後の鬼の祟りを恐れ、将軍足利義政は御庭廻組二番隊を除く、全ての隊に帰京を命じた。
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