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老人は朝早くから御庭廻組の詰め所にやって来た。
「中御門様は・・・」
尋ねたが、まだ出仕しておらぬとのこと・・
もう少し歩いて参りましょう・・・老人は朝靄の中に消えた。
それから丁度一刻、朝五つの正刻に老人はまた門の前に現れた。
老人は名を河東貞吉(かとうていきち)と告げ、心当たりのあった門番は、奥に取り次いだ。
朝五つ正刻と言えば朝飯の時間である。
宵番と朝番の者達、四人は食事を摂っていた。
前日からの宵番は相良市之丞と国立京ノ介であった。朝番は近藤十三(こんどうじゆうそう)と桜井嘉一(さくらいかいち)。それとは別に老人が来ることに備え、奥村左内(おくむらさない)と鬼木元治(おにきもとはる)は早くに出仕し、奥の間で話し込んでいた。
食事の席に近藤十三はまだ座っていなかった。
普段、朝番は朝五つ初刻(午前七時)からであったが、近藤は明六つ正刻(午前六時)から出仕し、それから四半時を駆けて二里ほど近所を走り、その後に外から持ち込んだ重い石やら何やらで、腕力と足腰を鍛え、素振り二百本、立木打ち同数、それが終わると、形の修練で息を整えた後に水を浴び、朝五つ正刻(午前八時)に食事の席に着いていた。
それが今日は少し遅れていた。
それは、夜明けに走りに出る時に、老人を見かけたからであった。
老人の名は河東貞吉と言った。その老人と暫く話し込んだ彼であった。
食事の席に、門番が取り次ぎに現れた。
「煩い、俺達は飯を食っている。どこかで待たせておけ。」
市之丞は門番を怒鳴りつけた。
「庭に入れてよいのではないか、経衡様が来るにはまだ早く、ご迷惑を掛けるが、そこで時を過ごしていただけば。」
十三(じゆうそう)は取りなすように門番に言った。
その頃、奥では奥村左内と鬼木元治が話し込んでいた。
「どうしてもいやか。」
左内は元治に一番隊隊長の座を勧めていた。
「何度も申しますが、拙者には人を率いる力はございません。」
「だが、どうにかせぬと、今、内裏の守りは手薄に成っておる。
経衡様は、ここに来ることが多く、その意を受け拙者も一番隊の隊務が先になっておる。
今何かが起きれば、内裏の守りは僧兵のみ・・それこそ統率する者がおらぬ。
お主が引き受けてくれれば、拙者も護皇隊の隊務に返れる。
どうにか頼めんか。」
「その義ばかりは・・・」
元治は畳に手を着いた。
「ですが、一人・・・・」
一人・・・左内は首を傾げた。
「適任者と思われる者がおります。」
「それは誰だ。」
左内は膝を乗り出した。
「近藤十三(こんどうじゆうそう)・・あの男には統率力がありそうに見えます。」
「新参者ではないか。」
「ですが、適任。」
「その方はどうする。」
「今まで通り。」
「新参者の下に着くというのか。」
「今まで好き勝手にやって来ました。ですから今後も・・・そのお墨付きさえいただければ・・・」
近藤十三・・・左内は腕組みをし、考え込んだ。
「暫く様子を見よう。
それから経衡様に話す。」
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