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一色家と六角家の間には諍いが起きようとしていた。それは昨晩の出来事からだった。
六角屋敷から躍り込んだ者が一色家の家人を斬った。死に人まで出た一色家当主、一色義直は六角家当主、六角政堯(ろつかくまさたか)に不平をねじ込んだ。
何しろそれは六角家から躍り込んで来た者により、三人に死人と五人の負傷者を出したのだから当然と言えば当然のことだった。
だからあれほど・・・祐剛(ひろかた)は唇を噛みながら事件の現場に居た。
詮索方では全く相手にされず、御庭廻組ではその総帥に会うことも敵わず、京見廻組では門前払いにされた。
だから・・・祐剛はまた唇を噛んだ。
一色家と六角家の確執はのっぴきならぬところまで来ていた。
ここは将軍家に任せよう・・・間に入った京極持清(きようごくもちきよ)は、将軍義政の調停に任せることにした。
一色義直(いつしきよしなお)と言えば丹後などの守護で将軍の側近。対する六角政堯(ろつかくまさたか)は近江守護。世間はその裁きに注目した。
一方、探索方の動きは慌ただしくなっていた。連日上役の会議が開かれ、そこから下達された方針に従い下役の者達は町中を走り回った。
二人一組・・祐剛は古株の男と組まされていた。
「不服がありそうだな。この仕事はいやか。」
古株の男は祐剛に訊いた。
「この仕事がいやという訳ではございません。
ただ、方向性が間違っているのではないかとは考えています。」
「方向性とな・・・」
その男は祐剛に好意的な男であった。
「はい、六角方も必死でしょう。自分等の身内から鬼が出たとなれば、どのような難儀がかかるか解りません故。」
古株の男の頭に晴海和尚の件がよぎった。
「その為、名が知らされたのはやっと今朝・・三日もかかっています。」
「確か、吉村高広とか・・・」
「そうです・・その名が知れるまで三日・・あまりにも長すぎます。
つまり、六角方としてはなるべく隠しおおそうとしているかと・・・」
「まあそれは考えられるな。」
「もう公に成った以上、自分等の手で成敗せねば、面目が立たぬと考えているはずです。」
うむ・・・古株の男は頷いた。
「それに・・・」
それに・・・男は祐剛の顔を覗き込んだ。
「誰にも言いはせん・・話してみよ。」
「今回の事件で、一番大事なのは六角の男ではなく、それを鬼に堕とした者・・それをどうにかせねば、また同じ様なことが起きましょう。
また我等が先に六角の鬼を捕まえたとなれば、面目を潰された六角方との軋轢も生み出しかねません。」
「その方、どうしようというのだ。」
「元凶となった者を斬る・・それが我等に出来る最善の方法です。」
「とは言っても、我等の中に鬼と対峙できる者が居るのか。」
「御庭廻組・・・」
御庭廻組・・男は鸚鵡返しに言った。
「かの鬼若の変の際、彼等は絶大な活躍を致しました。
その力を借りるしかないかと・・・」
御庭廻組・・・もう一度古株の男は口の中で呟いた。
だが、上がそれを赦すのか・・とも考えた。
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