辻斬り

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 一晩悩んだ挙げ句、柳町祐剛(やなぎまちひろかた)は古株が渋る中、御庭廻組の詰め所に走った。  二人で行ったためか、今回はあっさりと詰め所に入れた。  そこでも一騒動が起きていた。  何でも隊員の一人が家にも帰らず、今朝の出仕も無断で怠っているという。  祐剛は古株の男が止めるのも聞かず、評定が行われている座敷に入っていた。  「鬼の仕業ではないでしょうか。」  立ったまま祐剛は云った。  「どなたでおじゃる。」  それに公家が眼を光らせ、何人かの男が立ちあがった。  「おお、貴方様は・・・」  祐剛は目敏く、相良市之丞を見つけた。  「俺はお前なんぞ知らんぞ。」  市之丞は肩を怒らせた。  「町奉行所、詮索方の柳町祐剛と申します。  三日前、六角屋敷で鬼が出ると訴えて参った者です。  その際、上に伝えると仰っていただきましたが・・首尾は如何でございましたでしょうか。」  祐剛は畳み掛けるように云い、市之丞はちらっと後ろを見た。  「どう言うことでおじゃる。」  中御門経衡は手で指図して、隊員を両脇に座らせた。  その間を、祐剛は古株の男と供に前に進み、経衡の前に手を着いた。  「突然失礼いたしました。  先程も名乗りましたが、詮索方の柳町祐剛と申します。」  祐剛は頭を下げたまま言った。  面(おもて)を上げよ・・・促されて祐剛は経衡を見た。  「六角屋敷で鬼が出ると訴えたとは、どう言うことでおじゃる。」  祐剛はその際の考察を経衡に話した。  「なるほど、それでここに訴え出たか。  ・・・ところで、市之丞、それを聞いてお主は何をしておった。麻呂の耳にはトンと入らなかったが。」  経衡は市之丞を睨んだ。  「過ぎたことは・・・」  そこから祐剛は自身の上役でもある古株の男に話したことを、とくとくと説明した。  解った・・・経衡は快諾した。  「でどうすればよい。」  と続けた。  それから、祐剛は自分の考えを述べた。  「では、探索はそちらの力を借り、始末はこちらがつける・・それで宜しいのでおじゃるな。」  祐剛は感激のあまり、深々と頭を下げた。  「ですが、もう一つ問題が・・・」  祐剛は口淀んだ。  「問題とは何でおじゃる。」  「六角家と一色家のことでございます。」  「六角と一色・・・」  うーん。と考え経衡はすぐに言葉を発した。  「六角に引き渡そう。  それで良いな。」  一足飛びの答えであった。  それに対して、祐剛は畳に頭をこすりつけた。  「それにその方の上司との話・・京極持清殿でおじゃったかな・・・そちらも麻呂が話をつけておこう。」  祐剛は涙が出るほどに感激した。  「ところで、こちらでも人が居なくなったとか・・・」  洞察力では祐剛よりもこの古株の方が上だった。  「あなたの名前を伺っていませんでしたなあ・・・」  経衡は薄ら惚けたように言った。  「上岡彦一(かみおかげんいち)と申します。  しがない役人の一人でございます。」  こちらも惚けたように言った。  「なあに・・今日は休んだだけですよ。」  薄ら惚けと薄ら惚け・・上岡彦一と名乗った男は畳に手は付いていたが、目はギラギラと光っていた。  「昨夜は、どなたかが一緒だったとか。」  「何故そのようなことをきく。」  横合いから相良市之丞が大声をあげた。  ほう・・・と経衡はその顔を見た。  「実は昨夜、訴えが入りまして・・・祇園四条の加茂川沿いで夥(おびただ)しい血が流されていたと・・・」  「探索方としては、そのあたりのことを調べております。  こちらの方が居ないとなれば・・もしやと思いまして・・・」  彦一は思わせぶりに話しを締めた。  「死体は。」  「それが不思議な事に遺体はなく、かといって引き摺った跡も、加茂の流れにも痕跡はなく、血痕も途中で途絶えておりました。」  「血の量はどれ位でおじゃった。」  「あの痕跡では致死量でございましょう。」  「では・・・」  「その可能性も・・・」  経衡と彦一のやり取りはそれで終わった。  「市之丞、番屋まで行って参れ。  ここでは話せぬ事もあろう。」  経衡は大声をあげた男に目をやった。  「当方は、この方が下手人とは考えてはおりませぬ。  ただ話しを聞かせていただくだけです。」  「市之丞。」  経衡が再度声を掛け、  では・・・と上岡彦一は立ち上がった。
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