飢饉

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 もうどうしようもない・・・農民が一人、干割れた田んぼに手を着き、涙を零した。  その年は異様に暑く、雨も降らなかった。その為、農作物は立ち枯れし、水争いもあちこちで起きていた。  その水も川が干上がり、争うほどの水もなくなった。  一人の農民が、からからに乾いた田んぼの横を掘っていた。それは僅かの水でも出ないかとのささやかな夢であった。  その男の首筋に冷たいものが落ちた。  雨・・・見上げると、西の空の一角から黒い雲がわき上がり、頭上を被おうとしていた。  男は小躍りした。  「雨じゃ、雨じゃ・・雨が来るぞ。」  男は踊り狂いながら、村中に走り込んだ。  その後ろを豪雨が追ってきた。  それは猛烈な台風が直撃する予兆だった。  人々は始めは喜んだが、目も開けられぬほどの猛烈な雨が近畿一円を襲い、干涸らびていた川が一気に増水した。  田や畑だけでなく家もその水に流され、京の町も水浸しになった。  雨は五日続いた。  食料の蓄えがあった者達はよかったが、それがない者達、または全てが水に流された者達は、その日から食べるに窮しだした。  「酷い雨であった。」  義政は寝殿の濡れ縁に立ち、庭を呆然とみていた。  雨の間は烏丸第に避難していたが、雨が止むと共にここに戻ってきていた。  「とても住めぬな。」  義政は大きな溜息を漏らした。  庭は荒れ果て、建物の殆どは床上まで泥に埋まっていた。  そこから烏丸第に戻ると、義政は六角、一色、京極ら京近辺の守護を呼んだ。  「花の御所を改築する。  先ずは本年中に余が住めるようにしろ。」  義政は町の復興より、そちらを優先した。  町の人々がその日の食い物にも困っているにもかかわらず、花の御所の中からは工事の音が響き、人々の怨嗟の的となったが、義政は素知らぬ顔で工事を続けさせた。  その年の暮れ、まだ工事は続いている中、義政は改築成った花の御所、寝殿に入った。  激動の年は暮れ、年が明けた。  「昨年は大変な年でござったのう。」  義政への年賀の挨拶に向かう各国の守護が歩きながら話していた。  長禄二年から始まった越前のいざこざは昨年長禄三年に起きた合戦で粗方片がつき、戦いに敗れた斯波義敏(しばよしとし)は周防の大内教弘の下に落ちた。  関東での乱は収まる所を見せず、未だに続いていた。  「お今殿のこともありましたなあ。」  「それに、干ばつと大雨・・・今も難民が京に流れ込んでいるらしい。」  「こんなものではすまないかも知れませんぞ。  何しろ、去年は作物が殆ど採れていない・・やがて・・・飢饉が・・・」  「そんな中で、御所の改修ですか。」  「要らぬ事を言わないが宜しゅうございますぞ・・・公方様の耳に入れば・・・くわばらくわばら・・・・」  年賀の守護達の会話のようにこの春から庶民は食べ物に困りだした。  御所の普請に行けば喰うことだけは出来る・・その噂が人々の足を京へと向けさせた。  それが食べ物の奪い合いに発展し、京の町は不穏な空気に包まれていった。  たった一つの明るい話しと言えば、この状況で辻斬りが表れなくなったことだけだった。
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