女官登用

1/1
前へ
/26ページ
次へ

女官登用

 遡ること約一年・・・  場所は今参局(いままいりのつぼね)が自害して果てた甲良寺の近く。  「身体は・・・」  「復活いたしました。」  「魂はどうだ。」  「まだこの中に・・・」  「この女にその魂を与えよ。」  男の横には般若が立っていた。  「私の力では何とも・・・」  今参局の身体を支える女は首を横に振った。  「お前の呪力では無理か。」  「私の呪力は戦うためのもの。このようなことには向きません。」  「私がやりましょう。」  男の後ろから進み出た女僧が般若の手を取った。  そして今・・・  花の御所の改築は相変わらず続いていた。  忙しく立ち働く職人に混じって、飯炊きの女達も雇われていた。  その中にすこぶる美しい女が居た。  視察のためそこを訪れていた義政はその女に目を奪われた。  あの女を・・・義政は側の者にこそっと言った。  富子に知られぬようにな・・・そして、そう付け加えた。  それから三日後、浅黄の着物に身を包んだ女が小御所に入っていった。  それが東侍所へ向かう前村教貫の目に入った。  今若・・・教貫はその場に立ちすくんだ。  いやそんなはずは・・・その姿を見送り、教貫は強く首を振った。  城ノ介・・・教貫はそこから御所の外に駆けだした。  「その方、名を何という。」  「今若と申します。」  女ははきはきと答えた。  「その方、余の側室・・・」  「お止めください。  将軍様に仕えるのであれば、侍女としていただければ幸いです。  将軍様だけでなく、御台様の侍女と・・・」  「それではその方をここに呼んだ意味が無い。」  「妾(めかけ)として、お相手はいたします。  ですがそれ以上に御台様と睦まじく・・・そのお手伝いも致しましょう。」  今若と名乗った女はニッコリと笑い、義政はそれに頷いた。  御所を飛び出した教貫は京見廻組の屯所に走っていた。  「城ノ介・・・」  大声で名を呼びながら彼の屋敷と言っても良い家に駆け込んだ。  「何事ですかな・・大慌てで・・・」  城ノ介は冷たい目で教貫を見た。  「今若だ・・今若が帰ってきた。  お前は知っていたか。」  「ああ、あの女ですか・・何のことやら。」  「あの女・・・お前の姉ではないか。」  「姉・・・信じていたのか・・・」  城ノ介は馬鹿にしたように笑った。  「姉でも何でもない。  俺は利用しただけだよ。  まあ。向こうもそれなりにいい思いはしただろうがな。」  城ノ介はニヤリと笑った。  では・・・教貫は言葉を失った。  「ああ、何も知らん。  あいつが現れようが、どうしようが、俺には全く関わり合いはない。  ただ、もしあいつと話す機会があれば、この生活を与えてくれたことに、感謝しているとだけは伝えてくれ。」  城ノ介は再び唇を歪めた。  今若はその日から義政の寵愛を受けた。  何しろ、今参局の呪詛に加担したとして義政の側室四人も、御所から追放されていた。  その上、今若は正室日野富子にも取り入り、挙げ句は義政の母堂、日野重子にも可愛がられる事を今若は願っていた。  教貫は小御所に出仕する今若の姿を毎朝羨望の眼差しで見ていた。  ある朝、今若は渡り廊下の上から、これ見よがしに丸めた紙を落とした。  教貫はそれに駆け寄り、物陰でそれを開いた。  あのお社で・・・それにはそう書いてあった。  あのお社・・・今若との逢瀬を重ねた場所・・だかそこは破れ果て参拝の者も居なくなっていた。  あそこに・・・教貫は疑問を持ちながらも、その場所に行ってみた。  そこは綺麗に整備され、以前と同じ社が建っていた。  なぜ・・・とも教貫は思わなかった。  彼の頭を占めていたのは、今若との再会、それ一つだけだった。  社の中にはしどけない姿の今若が居た。  その姿に飛びつきそうになるのを、教貫は辛うじて押さえた。  「城ノ介は・・」  「そんな事どうでもよいではございませんか。」  伏していた今若は教貫の着物の裾を割り、その足をすべっと撫でた。  もう我慢できなかった・・  教貫は今若の上に覆い被さっていった。  翌朝・・・  「今度はいつ・・・」  教貫は今若の足に取りすがった。  「また何時か・・・  あなたが私の望みを叶えてくれれば・・そのときはいつでも。」  今若は妖艶に笑って、朝靄の中に消えていった。  今若は義政の前に座っていた。  義政の前には御台、日野富子も居た。  「私の侍女とか。」  始めに富子が口を開いた。  「左様でございます。  御台様の身の回りのお世話をさせて頂きます。」  「上様とは。」  「夜のお相手を致します。」  今若はあっけらかんと言った。  「そのようなこと・・・」  富子の声に怒気が含まれた。  「御台様には閨房(けいぼう)の秘技を・・・・」  今若は富子の声質にも係わらず、そう言って怪しく笑った。  閨房の秘技・・・深窓の出である富子はポッと頬を赤らめた。  「上様には女を悦ばす術(すべ)を・・・  それでお二人睦まじゅう・・・」  今若はもう一度笑って見せた。  翌日。  今若はまたしても御所に呼ばれた。  それは、義政の下ではなく、富子の部屋であった。  「その方が言った、女を悦ばせる術とは・・・」  富子は顔を赤らめながら尋ねた。  「そのようなことでしたか。」  今若は微笑み、失礼と声を掛けて富子の後ろに回った。  彼女の片手は富子の襟口から乳房へ。もう片方の手は着物の裾を割って、その中に侵入した。  それから小半刻、富子は紅潮した顔で荒い息を吐いていた。  「お召し物を直しましょう。」  今若は乱れに乱れた富子の衣服を直していった。  それから五日後、今若はまた御所に呼ばれた。  その呼ばれた先は寝殿の間。そこは政治の中心だった。  上座には義政と富子が並び、両脇には幕府の淙淙たる者達が居並んでいた。  「その方・・・」  その中で、義政が口を開いた。  「奥廻りの取り纏まりたる女官に任じる。  富子と共に奥をよく治めるように。」  「もう一つあります。  それは後ほど・・・」  富子はそのまま奥に今若を連れて行った。  そこに居たのは腰元。  「菊地鞠子と言います。  あなたの女中に・・・」  菊地鞆子と今若は眼を合わせ、お互いににこっと笑った。  「もう一人・・・」  男が一人入って来た。  「草野一樹(くさのかずき)と申します。」  男が頭を下げた。  「閨房の秘技とやらを・・・」  富子は頬を染めた。  教貫は今日も例の社に来ていた。  だが、今若は来ず、今若に焦がれる気持ちは益々強くなっていた。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加