抜擢

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抜擢

 「人が少のうございますな。」  一番隊の首尾を聞き、その報告のため御所に来ていた中御門経衡は、その足で前村兵部ノ尉教貫を訪ねていた。  「人が少ないとは・・・」  教貫は素っ気なく言った。  「あなたの側には木村一八、只一人・・・不用心とは思われませぬかな。」  経衡はニヤリと笑った。  「御庭廻組、一番隊は隊長が死に、現在麻呂のところから奥村左内を貸し出しておじゃる・・と言うことは、儂の片腕がおらぬ。」  教貫はまず最初に自分のことを案じられ相好を崩していた。  「そこででおじゃる・・・」  経衡は一瞬間を置いた。  「木村殿を貸してはくれぬか。」  先程は、自分のところにも人が足りぬと言いながら・・・教貫はギリギリと歯を噛んだ。  「なに・・貸せとは言っても、常時ではおじゃらぬ。  一番隊の隊員に人探しを命じておじゃる。  その品定めに、木村殿の力を貸してくれと言っているのでおじゃる。」  「その間の儂の守りは・・・」  「麻呂の下から僧兵を差し向けましょう。  それになるべく早いうちに一人こちらに寄こします。  これでどうですな。」  義衡は口に半開きの扇を当てて笑った。  菊池主水の介と相良市之丞は腐りきっていた。  「何故俺等がこんな下仕事をせねばならぬ。」  市之丞の口から愚痴が漏れた。  「仕方がない・・・鬼木や奥村左内については我等がどうすることも出来ぬ。」  「フン・・とにかく人を探すか。」  二人は手当たり次第にそこらの武士を一番隊詰め所に連れていった。  二人が連れて来た者達が六人、詰め所の庭に列んだ。  「採用されれば年に金五枚を与える。  またその方等の精進によってはそれは金十枚までになる。その上、活躍すれば将軍様より相応の褒美が頂ける。」  前口上を奥村左内が縁の上から発し、中御門経衡はその後ろに座っていた。  木村一八が木刀を握って庭に降りた。その足は素足であった。  一八は腰をドシッと落とし、臍の少し下で剣を構えた。  相変わらず、その剣先は細かく震えている。  それを見て、憶したかと言わんばかりに相手は薄ら笑いを浮かべた。  キエーッ・・・いつもの一八の掛け声が飛び、嘲笑を漏らした男は胴を抜かれて、苦しげに転げ回った。  「京ノ介、誰かが稽古をしているようだな。」  元治は後ろを振り向いた。  「あの掛け声は木村様でしょう。」  国立京ノ介はその声に微笑みを漏らした。  おや・・・稽古のために庭に入った元治は思わず声を漏らした。  そこで木村一八の相手をしているのは、見知らぬ男だった。  「奥村殿、何事ですかな。」  元治は縁の上を見上げた。  「試験でおじゃる。」  その後ろから、経衡の声がした。  「試験・・・」  「召し抱えるためにその腕を見て居る・・お主の目にはここに居る者達はどう見えるかな。」  元治はそこに居並ぶ者達に一瞥をくれた。  「この程度の者達に、木村殿の手を借りることもありますまい。  あそこにいらっしゃる菊池殿、または相良殿でも充分でしょう。」  何だと・・・この程度と言われて、庭に控えていた男達は激高した。  「京ノ介、相手をして貰え。」  若侍が庭の中央に立ち、木刀を構えた。  若造が・・・その中から一人、木刀を持って京ノ介に突っ掛かった。  京ノ介はその剣先をすらりと躱した。  「京ノ介、剣は使わずともよい・・怪我をさせる。」  元治のその言葉に、相手は益々頭に血を上らせ、強引に打ち込んできた。  京ノ介は木刀を捨て、打ち込んできた相手の腕(かいな)を十字で受け、そのまま手を滑らせて手首を掴むと、大きく投げ捨てた。男は背中を地に叩きつけられ息を詰まらせた。  こんなものでしょう・・・元治は冷淡に笑った。  こんなもの・・・その言いざまに庭に残った四人の男達は一斉に立ち上がった。  そこの男・・・一人が吠えた。  勝負を申し込む・・その方、我等を馬鹿にした、よって武士の意地、我等全員でその方に対する。  お好きに・・・元治はそこに木偶(でく)のように突っ立て居た。  「鬼木、お前は我等をも馬鹿にした。」  相良市之丞が立ち上がり、菊池主水の介もそれにつられて立ち上がった。  都合六人・・・  助太刀を・・・京ノ介は元治に駆け寄ろうとした。  要らぬ・・・一言発し、元治は手に持った木刀をだらんと下げた。  「この人数だと手加減は出来ぬ。心してかかって参れ。」  元治は軽く笑い、  「但し、市之丞・・そこもとは最後にしてやる。」  元治の言葉が終わらぬうちに後ろから一人が斬りかかってきた。  その男は木刀を持たぬ方の元治の拳に腹を打たれ悶絶した。  一斉に掛かるぞ・・・その様子を見て、相良市之丞は大声をあげた。  先程、京ノ介に投げ捨てられた男も含めて六人。彼等は、ぐるりと元治を取り囲んだ。  当然最初にかかってきたのは、真後ろの男・・・だがその男は下から掬いあげられた元治の剣に右脇腹を打たれ、苦悶のあまり地を転げ回った。  「何をしておいでかな。」  そこに声と共に国立清右衛門が現れた。  「その方こそ・・・」  「稽古に参った・・だが・・・」  「すぐに片付ける。」  「そのような者達の相手を・・・手伝いましょう。」  清右衛門は携えてきていた木刀を構えた。  「京ノ介、そちも手伝え。」  清右衛門は弟に声を掛け、京ノ介も再度木刀を構えた。  それから数分の間で、元治は市之丞の喉元に木刀の切っ先を突きつけていた。  「全員倒れた・・後はその方だけだ。」  元治が言う様に多くは昏倒し、主水の介は鳩尾に当て身を食らい、四つん這いになって胃液を吐いていた。  ちらっとそれを横目で見て、市之丞は自分の木刀で喉元の木刀を払おうとした。  だがそれは躱され、前と同じ様に木刀の切っ先は喉元に宛がわれた。  「修練の差だよ。  お前達と違い、我等は毎日修練を積んでいる。  元々それ程の腕でもなかったお前達は鍛錬を怠り、これ程の大差がついてしまった。」  喉に突きつけられているのは木刀・・市之丞は意を決してそれにむしゃぶりつこうとしたが、それより早く元治の手刀が首筋を打ち、市之丞もまたその場に昏倒した。  「こんなものでございます・・せめてこの二人よりも強い者を集めなければ、ものの役には立ちませぬ。」  元治は階上の経衡を見上げた。  「その方、これから何をする。」  「稽古でございます。」  「今ので充分であろう。」  「稽古前の準備にも成りません。」  「いや、稽古は中止だ。  中食の後からは、麻呂に同道せい。  町中に人を探しに行く。」
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