2人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
辻斬り
その夜のこと、京の町が揺らいだ。
辻斬りが出たという。
斬られたのは六角家の家人だという。
その斬られ方は凄まじく、全身をずたずたされていた。
すぐに京奉行所、探索方が検証のためそこに直行した。
「何かの怨みだな。」
ずたずたの屍体を見て古株の詮索方が言い、それに応じ、他の者達は引き返す準備をしていた。
そんな中で只一人だけ、死骸を丹念に調べている若者が居た。
「祐剛(ひろかた)、帰るぞ。」
上役がその若者の名を呼んだ。
「お待ちください・・首筋に噛み傷があります。」
若者は声を上げた。
「噛み傷か・・ならば引っ掻き傷はないか。」
上役は笑った。
「まあ、噛み傷が在ると成れば、女の仕業・・痴情のもつれだな。
帰るぞ、その線で詮索する。」
上役は祐剛の声に取り合わなかった。
仕方なく、祐剛はその場を立った。
この日から、桜井嘉一(さくらいかいち)と細貝恭平(ほそがいきようへい)が御庭廻組一番隊に出仕してきた。
「悪いが、辞令はまだだ。」
奥村左内は二人にそう伝えた。
「今日また、二人の試験がある。
我こそはと言うものは名乗り出よ。」
その声に相良市之丞(さがらいちのじよう)はフンとそっぽを向き、菊池主水の介(きくちもんどのすけ)は下を向いた。
「私でも宜しいのでしょうか。」
細貝恭平がおずおずと手を挙げた。
「構わぬとも・・・他には。」
「拙者が。」
桜井嘉一が力強く手を挙げた。
手を挙げたのは新参者ばかり・・・主水の介は、手を挙げられなかった自分の不甲斐なさに唇を噛んだ。
「痴話喧嘩などではありません。」
柳町祐剛(やなぎまちひろかた)は詮索方の古株に執拗に喰らい付いていた。
「女の凶行であるとして、どうやって男を倒したのでしょうか。」
「お前が言うように、噛み付いて相手が怯んだ隙に短刀を胸に差し込んだ・・・それから後は見た通りだ。」
古株の男は結論じみたものを告げたが、祐剛はどうしても納得がいかず、六角家の者が遺体を引き取りに来るまで、それを調べることにした。
この傷は正面から噛み付いている・・相手が女として、振り払おうとすれば振り払えたはず。振り払えば、首筋の噛み傷はこんなにも綺麗な形では残らない。これは噛まれることを容認したのでは・・・
祐剛はその疵痕を丹念に調べた。
犬歯の痕(あと)が深い。普通の人間はこれ程長い犬歯は持たない。
ボロボロになった着物をはだけ、傷を見る・・致命傷になったのは・・・
ない・・これが致命傷だろうと推定される傷がない。
これは・・・傷痕を触ってみる。
現場で見た時はもっと深かったような・・・
祐剛、六角家の者が来たぞ・・・その声と共に五人の男が入って来て、一人は引渡状に名を書いている。
「もう暫く。」
祐剛は他の傷も調べようとした。
邪魔だ・・・だが、六角の侍に押しのけられ、死体は運び去られた。
最初のコメントを投稿しよう!