辻斬り

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辻斬り

 その夜のこと、京の町が揺らいだ。  辻斬りが出たという。  斬られたのは六角家の家人だという。  その斬られ方は凄まじく、全身をずたずたされていた。  すぐに京奉行所、探索方が検証のためそこに直行した。  「何かの怨みだな。」  ずたずたの屍体を見て古株の詮索方が言い、それに応じ、他の者達は引き返す準備をしていた。  そんな中で只一人だけ、死骸を丹念に調べている若者が居た。  「祐剛(ひろかた)、帰るぞ。」  上役がその若者の名を呼んだ。  「お待ちください・・首筋に噛み傷があります。」  若者は声を上げた。  「噛み傷か・・ならば引っ掻き傷はないか。」  上役は笑った。  「まあ、噛み傷が在ると成れば、女の仕業・・痴情のもつれだな。  帰るぞ、その線で詮索する。」  上役は祐剛の声に取り合わなかった。  仕方なく、祐剛はその場を立った。  この日から、桜井嘉一(さくらいかいち)と細貝恭平(ほそがいきようへい)が御庭廻組一番隊に出仕してきた。  「悪いが、辞令はまだだ。」  奥村左内は二人にそう伝えた。  「今日また、二人の試験がある。  我こそはと言うものは名乗り出よ。」  その声に相良市之丞(さがらいちのじよう)はフンとそっぽを向き、菊池主水の介(きくちもんどのすけ)は下を向いた。  「私でも宜しいのでしょうか。」  細貝恭平がおずおずと手を挙げた。  「構わぬとも・・・他には。」  「拙者が。」  桜井嘉一が力強く手を挙げた。  手を挙げたのは新参者ばかり・・・主水の介は、手を挙げられなかった自分の不甲斐なさに唇を噛んだ。  「痴話喧嘩などではありません。」  柳町祐剛(やなぎまちひろかた)は詮索方の古株に執拗に喰らい付いていた。  「女の凶行であるとして、どうやって男を倒したのでしょうか。」  「お前が言うように、噛み付いて相手が怯んだ隙に短刀を胸に差し込んだ・・・それから後は見た通りだ。」  古株の男は結論じみたものを告げたが、祐剛はどうしても納得がいかず、六角家の者が遺体を引き取りに来るまで、それを調べることにした。  この傷は正面から噛み付いている・・相手が女として、振り払おうとすれば振り払えたはず。振り払えば、首筋の噛み傷はこんなにも綺麗な形では残らない。これは噛まれることを容認したのでは・・・  祐剛はその疵痕を丹念に調べた。  犬歯の痕(あと)が深い。普通の人間はこれ程長い犬歯は持たない。  ボロボロになった着物をはだけ、傷を見る・・致命傷になったのは・・・  ない・・これが致命傷だろうと推定される傷がない。  これは・・・傷痕を触ってみる。  現場で見た時はもっと深かったような・・・  祐剛、六角家の者が来たぞ・・・その声と共に五人の男が入って来て、一人は引渡状に名を書いている。  「もう暫く。」  祐剛は他の傷も調べようとした。  邪魔だ・・・だが、六角の侍に押しのけられ、死体は運び去られた。
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