辻斬り

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 どうしても納得できなかった。  特に傷の具合・・・致命傷らしきものが無く、その上傷が癒えているようにも見えた。  そんなはずはない・・・祐剛(ひろかた)は自分の考えを打ち消した。  だが・・・  だが鬼の仕業であれば・・・  致命傷がなかったこと、傷が浅くなっていたこと・・それに異様に犬歯の長い噛み傷・・・  致命傷はあった。だがその傷は他の傷と同様に浅くなり、それが解らなくなった。  噛み傷は・・・  鬼の血を飲むこと、若しくは鬼に噛まれることで、人は鬼に堕ち、長い寿命を持つと聞いたことがある。  鬼は首を斬らぬ限り、どんな深手も回復するという。  六角家の家人は鬼に堕ちることと引き替えに命を長らえた。  鬼若の変の時と同じ・・鬼であれば復活する。  知らせなければ・・・祐剛は慌てた。  だが、六角家に死んだ者の首を斬れとは言えぬ・・・どこに走る。  御庭廻組・・・祐剛はそう判断し、役所を飛び出した。  経衡は、元治、左内、市之丞を連れて町道場を目指していた。  御免・・・その四人の間を通り、一人の若侍が駆けていった。  「何事でしょうか・・あんなに急いで・・・」  左内は自分達が出て来た所へ向けて走る者の後ろ姿を見た。  「拙者だけでも帰ったが・・・」  続けて言った。  「構わぬ、詰め所に走ったとは限るまい。」  経衡は鷹揚に言い先へ足を運んだ。  「もしもの場合の連絡のため、市之丞だけでも返したらいかがでしょう。」  その横から元治が言い、その言を受けた経衡は市之丞に急ぎ帰るように命じた。  俺はこんな役ばかりか・・・市之丞は経衡達が見えなくなるとのんびりと歩いた。  市之丞が御所に着くと、その門の前で押し問答が繰り返されていた。  「何事だ。」  市之丞は後ろから尊大に言った。  この者が、前村様に会わせろと・・・門番は困惑を含めていった。  「前村様は、一般の者には会わん。」  「では一番隊にでも・・」  「俺が一番隊だ・・しかし、でもとは何事だ。」  市之丞は怒声を発した。  「一番隊の・・・」  祐剛は頭を下げ、続いて強い声で言った。  「今宵鬼が出ます。  場所は六角邸・・至急手配をお願いいたしたく・・・」  祐剛は低姿勢で言った。  上に話しておこう・・・話しはそれで終わった。  これでは・・・  詮索方で相手にされず、ここでもまた・・・  祐剛は次に行く先を考えた。  京見廻組・・・彼はその屯所を目指して走った。  経衡達は町道場に着いた。  そこでは稽古が行われていた。  経衡はそこで若い者を見た。  だがそこの若い者の腕は、さほどでもなさそうにしか見えなかった。  その中をひょいひょいと歩いている老人が居た。  「あの方です。」  左内はその老人を指さして経衡に言った。  「年寄りか・・・」  経衡は落胆の色を隠さなかった。  「面白い・・・本人にその気があれば、京ノ介に相手をさせたらいかがでしょう。」  元治は、経衡にそう勧め、経衡は交渉のため奥に入っていった。  「ここの師範代だそうだ。」  「師範代・・・それならば目はありそうですな。  隊の師範に丁度いいかも知れませんな。」  そうこうしている内に経衡が戻ってきた。  「明日寄こしてくれるそうだ。  少し稽古を見て帰ろうか・・・」  経衡道場の端に佇み、詰め所に帰ったのは夕方近くだった。  ここもだめか・・・  柳町祐剛(やなぎまちひろかた)は肩を落として京見廻組の屯所を出て来た。  こうなったら直接、六角の屋敷に行くしかないか・・だがどう説明したら良いのか・・・祐剛は不安を憶えた。  あちこちで時間がかかり、日はもう西に傾いている。  そういえば、今日は十二夜・・月が満ちてくる。  月が満ちれば、鬼の力が・・・鬼若の変の時にそう聞いたことがある。  急がねば・・・祐剛は気を急かした。  だが、結果は散々だった。  我が家の死者を愚弄するか・・それは当然の反応だった。  それでも通夜の客を送り出したあと、夜伽の武士を二人、家族と共に残した。  十二夜の月は日があるうちにもう登っている。  その月はもう中空に輝いていた。  祭壇の遺体が微かに動いたような・・・  だが誰もそれに気付いていない。  遺体の身体の上には生前故人が使っていた刀が置いてあった。  遺体の手がそれを掴んだ。  そこからあとは惨劇・・・まず、夜伽の侍二人が不意を突かれて斬られ、男は自分の女房子供も容赦なく斬った。  その物音に、他の者が駆けつけたが、その時には男は既に塀に登り、隣の一色家の屋敷に飛び降りようとしていた。  その男に寝込みを襲われた、一色家も災難だった。数人の家人が斬られ、死ぬ者、手傷を負うものが出た。  一色の屋敷の外では六角家の侍が、門番と開けろ開けないの押し問答をしていた。  その脇門を蹴破り、件(くだん)の男が駆けだしてきた。  そこでも惨劇が起きた。  門番二人が斬り殺され、不意を突かれた六角家の家人も数人が手傷を負った。  それらを後ろに残したまま、その男・・鬼は姿をくらました。
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