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子どもを持つ親の朝は毎日が戦争だ。朝食を作りつつお弁当を作りつつ子どもを起こしつつ幼稚園バッグの中身を確認しつつ、あれやこれやを同時進行でこなしていかなければならない。
しかも幼い子供というのはとにかくまったく起きてくれないもので、夫も娘を何度も起こしに行ってくれているけれどなかなか起き上がる気配を見せない。
だけど今日は幼稚園に行く前にエイプリルフールの嘘を吐かなくてはならないので、いつもより早く起きてくれないと困ってしまう。
昨夜のうちに夫に買ってきてもらっていた「あるもの」を背中に隠し、あらゆる準備の続きを夫に任せて娘を無理やり起こしに行くことにした。
そんなわけで苦労の末に起こした娘は寝起きゆえの不機嫌マックスに加え、ぼんやりとしている有様だ。
私は大きく息を吐き、「そんな可愛くない顔しててもいいのかな~?」と娘の顔をのぞきこんだ。
「今日は何の日だ?」と問いかけると、しばらく目をこすってから急にはっとした顔をして、「えいぷる!」と娘は叫んだ。
その表情が期待に満ちているのでさっそく罪悪感が生まれてしまった。――だいじょうぶ、ちゃんと、種明しをしても楽しいことになるはずだから。
私は背中に隠していた「あるもの」――抱きしめるのにぴったりのライオンのぬいぐるみを娘の前に登場させて、腹話術の真似事をして声色を変えて娘に話しかけた。
『はじめまして、ぼくポポくん。きみとお友達になりにきたんだ』
ライオンからタンポポを連想して私がつけた名前だ。昨日の今日でそれなりに良い名前を付けられて良かったな、とぬいぐるみで顔を隠しながらほっと息をつく。
「……ぬいぐるみがしゃべったー!」
ぬいぐるみが目の前でしゃべっている、という奇跡にミナはびっくりして大きな声を上げた。
お人形やぬいぐるみはどんなに話しかけても答えてはくれない。そのあたりの線引きを幼いなりにできていたからこその喜びだった。
起こりえないことが起きている、という驚きにミナは目をきらきらと輝かせる。
『きみのなまえは?』
「ミナだよ! ミナっていうの。ポポくんしゃべれるんだね。すごいね!」
『ぼくは君とお友達になりたくてしゃべれるようになったんだ。ミナちゃんっていうんだね。よろしくね』
よろしくね、のところで首をぐにゃりと折り曲げてお辞儀させる。娘のあまりの喜びように心が痛むけれど、このぬいぐるみは娘へのプレゼント。ほんとうはお話は出来ないけど、ミナの新しいお友達なのは変わらないからね、と言うつもりだ。
……子どもの夢を壊すようでやっぱりとても胸が痛いけれど。
「ポポくん、いっしょにようちえんに行こ!」
「えぇっ! ……っと」
ごほん。地声で反応しかけてしまった。いけないいけない。
『だめだよ。ぼくはほかの人の前だとしゃべれないし、ぼくがいることがバレたら怒られちゃうよ』
「……お友達でも、だめなの?」
『ダ、ダメだよ』
手をぎゅっとお祈りの形にして頼みこんでくる娘、プライスレスの可愛さだ。この光景を横から写真に撮ってもらいたい。
「……だれにも見つからないようにかばんにしまっておくから」
ただ付いてきてそばにいてほしいのだと娘は言う。それくらいなら、という気持ちが生まれてしまった
『……うん、それならいいよ。だけどぼくはほかの人がいるところではほんとうにしゃべれないからね』
「やった!」
「ポポくん」の返答に娘は大喜びだ。
これでエイプリルフールの「午前中なら嘘をついてもいい」をこなしたことになる。あとはとにかく急いで園バスが来る前に準備をしないと!
私はポポくんを娘の鞄に入れてあげ、着替えなどをさせてごはんを食べさせ幼稚園に送り出したのだった。
「種明し、ミナが帰ってきたらするの?」
夫が靴を履きながらそう訊いてきた。
「そう。思いの外喜ばせちゃって、嘘をバラすの気が重いなぁ」
ドンマイ、の意を込めて夫が頭をポンと軽く叩いてくれる。私はその部分を自分でも撫で、ため息を吐きつついってらっしゃい、と手を振った。
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