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意外な話に何も言えない。夕顔はタブレットで検索して見せて来る。そこには葛の詳細な情報が載っていて、ある一文を指さした。
「恨みの象徴?」
「葛の葉は表裏の区別がわかりやすいの、裏は白っぽいから。風で葉が裏返るでしょ? だから裏が見える、が裏見となって恨み。平安では和歌にも詠まれたらしいわ。つまり、他人の妬みが葛と結びついてしまってるってこと。現実離れしてるけど、こうでも考えないとやってられないのよ。植物の神様の力ならありそうでしょ」
やれやれ、といった様子は演技ではなさそうだ。それなのに彼女はこの地に住んでいる。
「一度この現象が起きると引っ越しても無駄。夢の中で葛に追いつかれたらどうなるか、あなたならわかるんじゃない?」
そっと腕の痣を撫でる。首に巻き付いたら終わりだ。
「でも他の蔓植物に囲まれていると大丈夫だって気づいた。だったら神様のご加護があるこの場所で、蔓植物を育てるしかないわ」
それはつまり、一生ここから出られないという事だ。それが顔に出たらしい。
「いいじゃない、今はネットのおかげでできないことなんてないわ。買い物も娯楽も仕事も全部できるんだから」
「それは確かに……」
「授業もオンラインなんでしょ? 何日かここに泊ってみたら。わかるから」
本当にそうだろうか? ここから出られなくても、どうせどこに行っても同じなら。それなら、試してみてもいいかもしれない。
「お、お願いしてもいいですか?」
「もちろん。よろしくね」
そうして奇妙な同居生活が始まった。授業は半月ほどオンラインを申込む。家賃はいらないが家事をしてほしいというので家事全般をやった。そして一週間経った。
「どう?」
「本当に見なくなりました、夢。嬉しい、久しぶりによく眠れました!」
嬉しくて涙ぐむ。ぐっすり寝たのはいつ以来だろうか。夕顔がまったく同じ境遇だったというのは本当に心強い。話をてきとうに合わせているのではなく、当事者でなければわからないことをいろいろ言ってくれるので「本物だ」と思えた。自分と同じ存在。運命の人だとさえ思える。
「夕顔さん、本当にありがとうございます。私、こんなに嬉しいの初めてかもしれない」
「そう? もし今後も家事をやってくれるなら、ここに住むのもオーケーよ? 私家事って嫌いなのよね。家賃なし、お互いウィンウィンじゃない?」
「お願いします!」
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