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「デート前に申し訳ありません。この入金は、ATMでは出来ないようなので…」
「ううん。そんなに混んでいないみたいだし…、あの、私は別に、混んでいてもいいんだけど…」
晶は頬を染めつつ、ふたりで一緒にいられれば…という言葉を飲み込んだ。
「そうですね。俺も、晶さんとふたりでの待ち時間なら、長くても幸せでいられます」
「うわあああん!!私の思考を読まないいぃぃ!!」
銀行のフロアに入ってカードを引けば7番。
「何となく、ラッキーな気がします」
「うん」
そして、さほど待たずに済むだろうと思いつつ、ふたりで長椅子に掛けていた、のだが。
「手をあげろ!!」
と言う声がして、目出し帽を被った男がひとり。非常にわかりやすく、銀行強盗。
晶は、未知の体験に、ザーッと血の気が引いた。その隣で、十六夜が言った。
「ドラマの撮影でしょうか」
晶は、犯人を刺激しないように極力声量を絞って叫んだ。
「違うと思うぅぅぅ!」
「では、エイプリルフールの嘘でしょうか。少々やり過ぎの感がありますが」
「だからー!!拳銃持ってるよ!!銀行員さん、本気で怯えてるよ!!本物だよ!!」
「中国製のトカレフですね。それこそドラマの撮影向きです。今時の暴力団は、欧米圏の性能の良い高級銃を好むようですので」
「どうしてそんなこと知ってんのォォォ!!」
「常識ですから」
そんな非常識な常識、みんな知らないってば───っ!!
「それに、こちらは銀行の支店です。押し入るだけ無駄です」
「ど、どうして??」
「金を持っているのは、銀行の本店だと思いますよ?支店では、有り金を全部掻き集めたところで、数百万程度です。多くても数千万でしょうか。労力に対して対価が少ないと思います」
「何で、そんなに冷静なのォォォ!!!」
「取り乱しても仕方がありません。それに、銀行の窓口の向こうには非常ボタンがいくらでもあるので、既にもう押されています。警察を呼ぶなとか、言ってももう遅いです。そのうち来ると思います」
「来たって、日本の警察は、なかなか拳銃を抜かないんだよ!!」
「知っています。まあ、だから諸外国の無法者には舐められるのですが、そこが平和の国日本らしくてよいとも思います」
銀行強盗は、大きなバッグを出して、死にたくなかったらそこに金を入れろと言っている。だが、銀行員は急いで強盗の指示に従っているのにも関わらず、なかなか金は集まらない。
「だから、言ったでしょう。支店には金は無いんです。しかも、1箇所にまとまっているわけではないので、詰めるのに時間がかかるのです。この分では、警察が来る方が早いですね」
「だけど、警察が来たって、立て籠もられたらどうするの?拳銃撃っちゃったらどうするの!?」
「撃てなくすればいいと思います」
は い ??
「俺と一緒にいても怖いですか?」
「…っ、十六夜が強いのは知ってるけど…!私は、十六夜に危ない目に遭って欲しくないから、戦わないで……!!」
「俺は、晶さんが怖がっていらっしゃるのか、…と訊いているのです」
晶は、震える唇で、答えた。
「……こわ、い」
「そうですか」
にこりと、十六夜は笑った。
「万死に値します」
スッと十六夜が立ち上がって、晶が止める間もなく、目出し帽の男に向かって突っ込んだ。
「十六夜…っ!!」
晶が、その名を叫んだときには、拳銃は発砲されることなく遠くに飛ばされていて、強盗は床に這いつくばっていた。
「万死に値すると思ったのですが、気絶程度にしておきました」
と、戻って来た十六夜は言った。
「因みに、今のが空手技の上段回し蹴りです。元気でピンピンしている相手であっても、決まれば一撃で倒せるという合理的な技です」
「速すぎて、何が何だか分からなかったよ!!」
十六夜は、腰が抜けてぺたんと座り込んでいる晶に、手を差し伸べた。
「警察が来ると面倒なので、さっさと此処を出ましょう」
「え…?」
「俺は、旦那様のお心遣いで身元を詐称しているので。まずバレないと思いますが、念の為です」
晶は、十六夜に手を引かれて、ふらふらと銀行を出た。
「あまり、ラッキー7ではなかったですね」
「それどころじゃなかったよ!!」
「入金は、後日別の支店でしようと思います」
「だから!!それどころじゃなかったよ!!」
「そうですか?」
十六夜は、いつもの穏やかな榛色の瞳で晶を見つめた。
「俺は、ひとつも貴女との約束を違えてはおりません。貴女が戦わないで欲しいと仰ったので、戦いの数にも入らぬように一発で終わらせました。……何よりも、貴女を守るということが、決して譲れぬ俺の役目です」
優しく見つめられたから、晶は頬が火照って、小さな声でお礼を言った。
それに、正直、格好良かった……と思う。
「ありがとう。……あと、怖かったの、私だけじゃなかったし」
「はい」
「あ…あの。警察が来ると面倒だって言っていたけど、防犯カメラに全部映ってたんじゃないの?」
「面倒なのは、現場に残ってはせっかくのデートなのに色々と事情徴収されるからです。カメラ画像は一部消去して貰いましょう。旦那様のお小遣いの一部で事足ります」
晶は、遠い目になった。
そうだった…。お金で黙らせるのはお父さんの得意技だった……
「俺も、市井で生きていく以上は、あまり目立つ所で技を使いたくないのですが、こういう時は便利ですね」
「滅多に無いから!!」
「カフェでコーヒーでも飲んで、少し気分を落ち着けますか?」
「……うん」
「超高速で見えなかったのなら、ネット動画で上段回し蹴りを見てみますか?」
「落ち着かないよ!!」
実は、貴方が格好よくて、こうして手を繋いで歩くのが、落ち着きません。
……なんて、本当の気持ちは、エイプリルフールじゃない日に伝えたいな、と晶は思った。
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