第十章 あいつの頼み

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第十章 あいつの頼み

「雅。頼みがあるんだけど」 「う、うん。なに?」  ほのかの補修授業が終わるまでのを待つまでの時間、図書室でやっていた数学の課題の手を止めた。  いつになく真剣な真剣な眼差し。  頼みって、何だろう。 「利き腕効かなくてさ。悪いけど、代筆頼まれてくれねぇ?」  例の包帯を見せつけて来た。  私のせいって事ね。  ため息をついた。 「代筆って、代わりに何か書いて欲しいって事?」 「お前、字も綺麗じゃん」  確かに、字の綺麗さには自信がある。  うちの親が「いくら顔が綺麗でも字が汚いと幻滅されちゃうの。字は綺麗な方がいいのよ、 男も女も」と小さい頃から言われ続けていたので、意識して書くようにしてる。 「まあ、ね」  まあ、いいか。  私のせいだし、奢ってくれたし。 「良いけど、何を書けばいいの?」 「ラブレター」  ええええ???  ラブレターの代筆??? 「雅がラブレターもらって、その気になっただろ? ラブレターって効果あるのな。 だから、俺もラブレターで告白しようと思って」  いや、だってあれは、レンがヤキモチ焼くと思ってOKしただけだよ。  そんなつもりで受けたわけじゃないって。 「ラブレターって自分で書いてこそ意味があるんだし、それにラブレターなんて相手に重いって思われるよ」  私は慌ててラブレターの効果とやらを否定しようとした。  私に恋のキューピッドをさせるつもり? 「それだけ真剣さが伝わるじゃん。 俺の字、絶望的に汚い字だろう? な?頼むよ」  ワザとらしく手を合わせるレンを見てると、悲しさ通り越して怒りさえ湧いてくる。 「雅だってまだアイツと付き合ってるんだろ?」  ビクッと体が震えた。  あれから何の連絡もない。  こちらからも何も連絡しなかった。  元々、レンに見せつける為に受けたデートだし、別にいいかと思ったが、フラれたと認めるのは辛い。  私という存在の価値が無くなってしまう気がするから。 「そうよ。 分かったわよ!書けばいいんでしょ?」  ぶっきらぼうに言うと、 「何怒ってんだよ」  と、聞いただけじゃん、みたいな顔をする。 「別に怒ってないでしょ! 早く書く紙、渡して!」 「とにかくさ、チャチャっと書いてよ、綺麗な字で」  なんだか一々ムカムカさせる。  言われた通り「可愛い」だの「天使」だの、首筋がくすぐったくなるようなセリフを書かされて代筆は終わった。  レンに渡すと私に背を向けてラブレターを読んでいる。  どんな顔して読んでるんだろう?  ニヤニヤしているのだろうか。  ここからラブレターも表情も見えない。  まるで焦っている時のように心臓がドキドキする。  時間にして数秒だけど何分もそうして言うように感じた。 「気になるか?」  やっとこちらに向き直ると、レンが口を開いた。 「別に。 ちゃんと言った通り書いたでしょ?」  何も感じていないように冷静を装って答えた。 「そっか、ありがとう」  思っていたのと違い、ニヤつきもせずこちらを見ている。  レンの相手は誰なんだろう。  綺麗に折り畳まれたラブレターを猫のイラストが描かれた白い封筒に入れるのを見ながら聞いた。 「誰に渡すつもり?」 「やっぱ、気になるよな」  机に置いたペンが床に落ちる。 「私は別に‥‥」  ペンを拾おうとした私の目を見つめてレンが言った。 「ほのかだよ」  一瞬で頭が真っ白になった。 「雅の友達の『ほのか』」  何で?何で?何でほのか?? 「彼女はダメ。やめて」 「何でダメなんだよ」 「レンの遊びの相手なら別の子にしてよ。 あの子は純粋なんだから」  真っ白な頭の中から一生懸命言葉を掴み取って吐き出す。 「これはマジなんだ」  見た事のない真剣な顔で私の手を取り力強く囁いた。 「これはお前から彼女に渡してくれ」  私にラブレター書かせるだけじゃなくて、渡させる?  しかも、私の友達に?  頭の中で色々なものがグチャグチャと音を立てる。 「恥ずかしいんだ。 本人目の前にして渡すの」  レンが?  あんなに女の子に声をかけまくっているレンが? 「友達の頼みだろ?」  友達!友達!友達!!  そうよ。私たちはただの友達なんだから、 レンが誰と付き合おうとどうでもいいんだ。 レンだって私が誰と付き合おうとどうでもいいんでしょう? 「中開けて見るなよ」 「見る訳ないでしょ!興味ないし!」 「そう言う言い方ないだろ。 とにかく見るなよ」 「見ないって言ってるでしょ!しつこいな」  そう言ってカバンを掴んで図書室から出て行くと、補修が終わったほのかと合流した。 「さっき図書室で椎名くんと話してたけど、何話してたの?喧嘩してたみたいだけど」  ハッとして、咄嗟に握り締めていたラブレターを後ろ手に隠してしまった。   「いや、別に‥‥あの。 いつものどうでもいい話よ」 「どうでもいい‥‥ね。 雅ちゃん、鼻の穴‥‥」 「開いてません! 補修終わったんだよね? 早く帰ろう」  その日は何処にも寄らずに帰った。  頼まれていたラブレターはブレザーの内ポケットに入れたままで。
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