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紅梅の木
お玉さんの願いどおり、紅梅の木と一緒に引っ越しできることになりました。ということは、木が植えられる家を探さなければいけません。その噂を聞きつけて、植木職人の常次という若者が、お玉さんの住まいをたずねてまいりました。
「どうもぉ~、植木屋の常次と申しやす。こんちは~!玉女さんのお住まいで、よろしいですかぃ?」
身軽な植木職人だけに、声色も話しぶりも軽うございました。
「えぇ、玉女はあたしですが?何か御用で?」
「なんでも木と一緒にお引越しをなさるそうで、お手伝いできねぇかと、おうかがいにあがった次第でぇ~」
「誰に聞いたんかぇ?」
「こちらの大家のおかみさんですぁ~」
お玉さんは、ちょっと首をかしげた。
「あぁ、そうなの。木はあれだけど、引っ越しはできるかぇ?」
お玉さんが紅梅の木を指さすと、常次はひょいひょいとそこまで走っていきました。お玉さんは家の入口で、その様子を眺めておりました。すると突然、常次は叫び声をあげて、じたばたと走り去っていくではありませんか!
「あら、ちょっと!どうかしたのかい?!」
お玉さんも驚いて、常次が去っていったほうを見に行きました。
お玉さんは紅梅の木のそばに立ち、表の往来の様子をうかがいました。なんだか、あわただしく人々が走りすぎていきます。
「お玉さん!ご無事ですかぃ!?」
「あら、辰三親分。植木屋さんが来ていたんだけど、何事ですかぇ?」
「どうやら、この長屋の話が広まっちまったようでさぁ。それで、盗人が狙ってやがるんで、張ってたんですよ」
「やだぁ、こわいわぁ~」
「さっきの野郎も、植木屋ってのは本当なんですが、どうも金遣いが荒くってねぇ。仕事に入った家の金子や金目のモノなんかをくすねるような、手癖の悪い奴なんで」
「やっぱり!変だと思ったのさ。『大家のおかみさんに聞いた』なんて言うから。大家さんのおかみさんは、とっくに逝っちまってるのに、どこで聞いたんだかってねぇ」
「ですからね、お玉さんも早いとこ次の家にお移りなせぇ」
「ありがとうござんす。でもね、あたし…この梅の木と一緒じゃなきゃ嫌なんですよぉ~」
辰三親分は怪訝な顔をして、お玉さんの隣の梅の木を眺めました。
「この、木と一緒に越して行かれるんですかぃ?」
「えぇ、そうよ。ここに住むって決めたのも、この紅梅がとってもきれいだったからなの。大事な、大事な木ですからねぇ~」
「はぁ、なるほどねぇ~。わかりやした!あっしが、お玉さんにぴったりな家、見つけてきますぜ!」
「まぁ、うれしい!頼りにしますわ、親分さん!」
辰三親分は、ちょっと顔を赤らめて頭をかいていました。すると、その肩先に大きな蜂が止まって、すぐに飛んで行きました。お玉さんが、その蜂が飛んで行ったほうを目で追っていくと、梅の木の上のほうにある蜂の巣に行きつきました。お玉さんは内心、蜂が盗人を追い払ってくれたのだと合点し、しばらく蜂に守ってもらうことにしました。
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