204人が本棚に入れています
本棚に追加
5話
――翌朝8時
「う〜ん……良く寝たわ」
今日から働く必要が無くなった私は、久しぶりに朝寝坊をした。
本日は目が覚めるまで眠らせて欲しいと両親や使用人に頼んでいたのだ。
今までは朝6時に起き、7時半には職場に向かっていた。
その必要性が無くなったことが、どれほど嬉しいことか。
その時、タイミング良く扉をノックする音が聞こえた。
『ミシェル様、起きていらっしゃいますか?』
「ええ、どうぞ」
声をかけると「失礼します」と扉が開かれ、メイドのサラが姿を現した。
「おはようございます、ミシェル様」
「おはよう、サラ。どうかしたの?」
サラが何か言いたそうにしているので、自分から声をかけた。
「は、はい……あの、実はトビアス様がいらしているのです。……帰っていただこうとしたのですが強引に上がりこまれてしまったので、応接室にお通ししております。ミシェルお嬢様を出せとの、一点張りでして……」
「ふ〜ん……なるほど。やっぱりここへ来たのね」
トビアスのことだ。きっと昨日部長に連れ戻されて、渋々仕事を初めたのだろう。そして仕事が多すぎて手が回らなくなって泣きついてきたに違いない。
しかも今は仕事以上に厄介事が降り掛かってきているのだから。
「あの、どうされますか、お嬢様」
「どうするもないわ。私に会うまでは帰らないといっているのでしょう? だったら会わなくてはね」
本当はもう二度と顔など見たくないところだが、帰ってもらわなければ両親にも使用人達にも迷惑をかけてしまう。
「それでは……」
サラがホッとした表情を浮かべる。
「ええ。準備をして応接室に行くわ。そのままお客様をお待たせしておいて」
「はい! ミシェル様!」
ベッドから起き上がると、私はゆっくり朝の支度を始めた――
****
――8時40分
「お待たせ致しました」
「遅い!」
応接室に入るやいなや、トビアスが怒鳴りつけて振り向き……首を傾げた。
「あれ……誰だ?」
トビアスが首を傾げる。初めて髪を下ろした姿の私に戸惑っているようだ。
「誰とは御挨拶ですね。私に会うために、ここへ来たのではありませんか?」
トビアスの向かい側に座ると、笑顔を向けた。
「え……? ま、ま、まさか……お前はミシェルか!?」
私を指差すと、トビアスは席を立ち上がった。
「はい、そうです。どうぞ落ち着いてお座りください」
「あ、ああ……そうだな……けれど、まさかお前がミシェルだとは……着ているドレスだって全くいつもと違うじゃないか……」
「それは当然です。昨日説明したばかりですよね? あれは仕事着用のドレスなのです。そんなことよりも、何をしにこちらへいらしたのでしょう?」
すると、トビアスの顔が険しくなる。
「何をしに来たかだと……? そんなことは決まっている。ミシェル! 何故昨日仕事を放りだして勝手に帰った? おまけに今だってそうだ! こんな時間まで家にいるとはどういうことだ。まさか仕事をサボるつもりだったのか? この俺がわざわざお前を迎えに来てやったんだ。すぐに職場へ向かうぞ、来いっ!」
……は?
トビアスのあまりの言葉に驚きすぎて、一瞬私は言葉を無くしてしまった。
「どうした? お前は返事もできないのか? ほら、行くぞ!」
「いやです」
「何だって? 今、何と言った?」
「ですから、いやですと申し上げたのです。何故、もう婚約者でも何でもない人の命令に従わなければならないのですか?」
「何だと? 確かにお前と俺はもう婚約者ではないが……お前は会社の従業員だろう!? 常務と言う肩書きがあるのなら、役目をしっかり果たせ!」
「いいえ、私はあくまで臨時常務です。いいですか? その臨時というのは、仕事をなさらないトビアス様の臨時ということで働いていただけです。もう婚約者ではありませんので、その役目も終わりです。第一……私は、今まで一度たりともお給料を頂いたことは無かったのですよ!」
私はトビアスを指さした。
「な、何だって……給料を貰っていなかった……5年間もか?」
「ええ、そうですよ。何故なら私はトビアス様の婚約者だったからです。エイド家に嫁ぐのだから、給料など必要ないだろうと無給で働かされていたのです。これは、はっきり言って法律違反です。なので、訴えさせていただきますから。この事が世間に知られれば、恐らくタダではすまないでしょうねぇ?」
私の言葉に、トビアスの顔は青ざめた――
最初のコメントを投稿しよう!